どこから行っても遠い町
小さな商店街を舞台に織りなされる人間模様を描いた川上弘美の短編集。11本の作品はどれも主人公が違っていて、同じ世界の出来事を異なる視点から眺める。前の話では端役だった人物が主役になって動くことで、遠い町の様子が少しずつ立体化され、濃密なイメージなっていく。
物語の中心にあるのが魚屋「魚春」。店主の平蔵は、死んだ妻の愛人だった男を二階に住まわせ仲良く二人で暮らしている。その奇妙な同居の謎が解けるまで町の住人の人生を一周するような物語構造である。登場人物達は何かしらの傷を抱えて生きている。完璧な人生を生きている人はいない。
「おれは、生きてきたというそのことだけで、つねに事を決めていたのだ。決定をする、というわかりやすいところだけでなく、ただ誰かと知りあうだけで、ただ誰かとすれちがうだけで、ただそこにいるだけで、ただ息をするだけで、何かを決めつづけてきたのだ。 おれが決め、誰かが決め、女たちが決め、男たちが決め、この地球をとりまく幾千万もの因果が決め、そうやっておれはここにいるのだった。」と登場人物のセリフ。
人生は選択肢を意図的に選ぶこともあるけれど、むしろ、多くの決定に選択の余地がないものだ、という事実を、私も年を取って分かってきた気がする。それを運命だと諦める人生もあるし、これでいいのだと満足する人生もある。
「いろいろなことなど、見たくない。つくづく思った。でも、見なければ生きてゆけない。そのことを、残念ながら私はいつしか知るようになっていた。ここまで生きてくるあいだに。」
因果と伏線が張り巡らされた緻密な構造設計がこの短編集の魅力だ。私は川上弘美の作品の中では「神様」「真鶴」「龍宮」などのスピリチュアル系の語りが好みだったのだが、この本で群像系の完成度の高さにすっかり魅了された。ちゃんと最後の作品を読むと、残されたミッシングリンクが埋まって物語が完成するようになっているから満足感が高い。
面白い短編集を探しているならいまこれがおすすめ。
・真鶴
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/01/post-512.html
・龍宮
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004759.html
・ざらざら
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004886.html
・はじめての文学 川上弘美
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/06/post-589.html
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