西洋音楽史
西洋音楽史の大きな流れを数時間で理解できる名著。この新書一冊で得た音楽史の知識は学生時代に私が受けた音楽の授業全部を上回る。1000年以上にわたる歴史の情報が、コンパクトに整理され、わかりやすい表現にまとめられている。本当に素晴らしい本だ。
まず、俗にクラシックと呼ばれる西洋芸術音楽とは、
1 「知的エリート階級(聖職者ならびに貴族)によって支えられ」
2 「主としてイタリア・フランス・ドイツを中心に発達した」
3 「紙に書かれ設計される」
音楽文化であると定義される。
中世の人々にとって音楽とは「世界を調律している秩序(ムジカ・ムンダーナ)」のことであり数学に近い概念だった。同様の秩序は人間にも宿っているとされ(ムジカ・フマーナ)、実際に鳴る音楽は器楽の音楽(ムジカ・インストゥルメンタリス)として最下位にあるものだった。
だから西洋音楽のルーツであるグレゴリオ聖歌は、人間が楽しみで聴く音楽ではなく「神の国の秩序を音で模倣する」という性質を持っていたという。おそろしく引き延ばされた低音のグレゴリオ聖歌は聴いていて楽しいものではない。やがてこの聖歌に新しい別の声部をつけたオルガヌムが生まれ、その声部が複雑化したり、歌詞がのる(モテット)などしていくことで、私たちにもおなじみのクラシック音楽へと進化していった。
「われわれにとって「和音」といえば、たとえば「ドミソ」のことであるが、中世においては「ドミソ」は不協和音だった。つまり「ミ(三度)」が入っていてはいけなかったのである。」。
大きな音楽史の流れの中でバッハ、モーツアルト、ベートーベン、ハイドン、マーラーなど数十人の有名な音楽家達の役割、位置づけが大胆なほど明解に説明されていく。
たとえば「西洋音楽の父」とされバロックの代表的な音楽家と一般に考えられているバッハについては、
「周知のように、死後半世紀近くあまり顧みられなかったバッハは、1829年のメンデルスゾーンによる≪マタイ受難曲≫の100年ぶりの再演とともに劇的な「復活」を遂げ、十九世紀ドイツにおいて「音楽の父」へと神格化されるに至った。しかしながら十九世紀のこのバッハ熱の背後には、多分に政治的背景(プロテスタント・ドイツ・ナショナリズムとでもいうべきもの)があっただろうことを、決して忘れてはならないと思うのである。」
という記述で、俗説を覆してみせる。バッハはバロック最末期の人である上に、バロックの中では異端だったことが解説されている。ベートーヴェンについては、著者はこう評する。
「ハイドンや、いわんやモーツァルトと比べて、ベートーヴェンの音楽は決して聴いてすぐ楽しいと思えるようなモノではない。彼の作品の主題のほとんどどれもが、誰でも考えつきそうな凡庸なものだとすらいえるだろう。だがベートーヴェンは、飽くことなくそれらを研磨し、組み合わせ、積み上げ、完成する。<中略>天賦の才ではなく労働によって大きな建物を作り上げていくベートーヴェンの音楽が、十九世紀市民社会によってあれほど崇拝されたのは彼らがそこに「勤労の美徳」の音による記念碑ともいうべきものを見出したからではなかったか。」
こんなふうに新しく現れたジャンルや音楽家達の特徴と、同時代に置ける意味が明解で大胆に示される。中世グレゴリオ聖歌から20世紀のシェーンベルクまで、はじめてクラシック音楽史の全貌が見えた気になれた。
音楽についての含蓄のある言葉も多い。
「「いつどこでどう聴いてもいい音楽」などというものは存在しないのであって、「音楽」と「音楽の聴き方」は常にセットなのだ。 「ある音楽をいくら聴いてもチンプンカンプンだ」という場合、ほとんど間違いなくその原因は、この「場違い」にあると、断言できる。」
この言葉は絵画や文学など音楽以外の芸術鑑賞にも当てはまる名言といえそうだ。
・拍手のルール 秘伝クラシック鑑賞術
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-840.html
・J・S・バッハ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/06/js.html
・絶対音感
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/09/post-833.html
・音楽の基礎
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/06/yb.html
・音楽する脳
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/01/ye.html
・バッハ インベンションとシンフォニア
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/05/fofbfn-fcffffvfvftfhfjfa.html
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