愛する人達
しみじみといい小説を読んだなあという感慨に浸れる川端康成の短編集。
「母の死語、母の初恋の人、佐山に引きとられた雪子は佐山を密かに慕いながら若杉のもとへ嫁いでいく───。雪子の実らない恋を潔く描く『母の初恋』。さいころを振る浅草の踊り子の姿を下町の叙情に托して写した『夜のさいころ』。他に『女の夢』『燕の童女』『ほくろの手紙』『夫唱婦和』」など円熟期の著者が人生に対し限りない愛情をもって筆をとった名編9編を収録する」
昭和15年に雑誌『婦人公論』に連載した9つの作品。太平洋戦争が始まる翌16年に単行本が発売された。緊迫していく社会情勢だったはずだが、川端康成は敢えて平和な日常の中の男女の愛情を静かに描いている。この力の抜き具合が素晴らしい。解説で高見順はその良さは婦人雑誌ならではと言い、次のように語っている。
「婦人雑誌を私は何も小説の発表舞台として低いもののようにおとしめるのではなく、アラ探しに血眼に成っている世の評家のその眼の外に一応置かれている安全地帯だという意味であり、そういう場所の霊としての婦人雑誌を挙げたのであるが、そういう場所に書かれたものに、良い小説があるというのは、或は、作者が気持ちを楽にして書いたからではないかという風に考えるのである。」
経済的に自立した女性はまだ登場しない。女は男に人生の舵取りを委ねなければならない時代が舞台である。女性はそれ故に恋愛や夫婦生活において、まっすぐに男に思いを向ける。愛情生活が破綻しても別れることは難しいから、おりあいをつけていかねばならない。そういう閉塞感の中の愛憎を静かに描いている。どこか小津安二郎の映画に共通するものがある気がする。
・眠れる美女
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/10/post-847.html
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