動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
「生物と無生物のあいだ」の分子生物学者 福岡伸一氏の科学読み物。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という主題周辺でエッセイが8章。
人は毎日カツ丼ばかり食べているとカツ丼になってしまう、わけではない。だがカツ丼を構成している分子は、身体の構成分子と交換されてしばらく一部となり、やがて外へ抜けていく。分子は入れ替わるがシステムは維持される。こうした分子の流れ、動的な平衡状態こそ生命の本質なのだということをルドルフ・シェーンハイマーという科学者が1930年代に突き止めていた。
「個体は感覚としては外界と隔てられた実体として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかないのである。」
流れであり平衡状態であるという見方は、東洋医学的な見方でもあるなと思う。患部を部分的に治療するのではなく全体を整えることで、治る。生物の構造はDNA設計図をもとに複製された大量のミクロ部品から構成される複雑な機械という側面もあるが、生きている生命にはそうした構造に還元できない現象も多い。
「ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。 そして、ここにはもう一つの重要な啓示がある。それは可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは構造ではなく「効果」なのである。」
つまり生命とは絶え間ない水流が作り出す渦巻きみたいなものということだ。水が勢いよく流れている間は実体であるかのように立ち現れるが、基盤は流れる水分子に過ぎない。こうした生命の動的平衡の特徴的な性質について面白い説明が続く。たとえばシグモイド・カーブの話。
「生命現象を含む自然界の仕組みの多くは、比例関係=線形性を保っていない。非線形性を取っている。自然界のインプットとアウトプットの関係は多くの場合、Sの字を左右に引き伸ばしたような、シグモイド・カーブという非線形性をとるのである。」
音量ボリュームのダイヤルを回すと最初は音がいきなり大きくなったように聞こえるが、あるレベルを超えるとさらに回しても大きな音は大きな音に過ぎなくなる。インプットとアウトプットの関係が比例関係でなく鈍ー敏ー鈍という変化をするものだそうだ。インプットが小さい領域では立ち上がりが低い。高い領域では高い。これなどはビジネスマンがサービスやインタフェースの設計に何か応用できそうな話である。
最新の分子生物学の成果を一般人向けのわかりやすいエッセイとして読めて楽しい。
・生物と無生物のあいだ
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/07/post-598.html
2007年サントリー学芸賞受賞。
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