五年の梅
「友を助けるため、主君へ諌言をした近習の村上助之丞。蟄居を命ぜられ、ただ時の過ぎる日々を生きていたが、ある日、友の妹で妻にとも思っていた弥生が、頼れる者もない不幸な境遇にあると耳にし―「五年の梅」。表題作の他、病の夫を抱えた小間物屋の内儀、結婚を二度もしくじった末に小禄の下士に嫁いだ女など、人生に追われる市井の人々の転機を鮮やかに描く。生きる力が湧く全五篇。」
いかにも山本周五郎賞受賞作品らしい人情味あふれる時代小説短編集。5作品とも絶品。
小心な男が女を連れて逃げる「後瀬の花」と愛想を尽かして逃げた妻と残されたダメ人間の夫の「小田原鰹」が特に良かった。
5作品とも、自身の短慮によって窮地に追い込まれた人間、度重なる苦労に諦めが滲みはじめた人間、愛されたいと願いながら満たされなかった人間、そういう行き詰まった人たちが、生きる希望を再び見出す瞬間を描いている。
周五郎的時代小説は登場人物のひたむきな生き方が胸を打つわけだが、つまるところ次の3つの行動パターンがその性質を際だたせているのではないかと考える。
1 ひたすら待つ
メールも携帯電話がないから何年も待ち続ける。
2 ひたすら信じる
MixiやWebで検索したら相手の行動が丸わかりの現代と違って相手を信じる。
3 ひたすら演じる
所属できるコミュニティは一つ。男は男、女は女、家臣は家臣の役割に徹する
そこに単純ではない葛藤が生じる。苦しみ悩みながらも、やはり"ひたすら"の方向へ向かう人間の姿の切なさが感動を呼ぶ。考えてみればそれは連絡不足と情報不足によるメイクドラマなのだ。私達は便利と引き換えにドラマを失っているのかもしれないなあと、この一級の時代小説を読んで、しみじみ思う。相手の心の内がわからないからこそ"思いやり"なのであって、わかってしまったら思いやりにはならない。
今日は人間関係に疲れちゃったなという夜に、おすすめ。
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