少将滋幹の母
「今昔物語」のエピソードを題材に人間の業の深さを描いた谷崎潤一郎の時代小説。
80歳になる大納言 藤原国経には年若い絶世の美貌の妻がいた。国経の甥の左大臣藤原の時平は噂を聞き、その女を我が物にしたいと企む。そして国経の家を訪れて宴を開いた帰りに「引き出物が少ない」と言いがかりをつける。年齢は上だが官位は低い国経の立場は弱い。ついには時平は戯れのように美貌の妻をお持ち帰りしてしまい、そのまま返さない。嘆きながら国経は世を去っていく。続いて権力者の時平も、菅原道真の祟りだったのか、若くして病で亡くなる。
時平の友人の平中も世に知られた色男であった。美しい女とあれば口説いてまわる。時平の屋敷で出会った侍従の君にも思い焦がれる。平安貴族のプラトニックな男女のコミュニケーションが現代人からするととても可笑しい。
思いを込めた歌を詠んで送り、返歌を待つ。返事は来なかったりして「見たという返事だけでもください」と手紙を書けば女から「見た」とだけ2文字の返事がくる。もうたまらんと夜這いをかけたら、女の企みで部屋に閉じこめられ、朝まで一人女の枕を抱いて泣いている。
いっそ女を嫌いになれたらと思った平中は、彼女の使ったおまるを召使いの女から奪い取る。その中の汚物を見れば彼女も普通の人間に過ぎないと諦めが付くだろうと思ったのだ。ところが中身を開けてみると、かぐわしいにおいがする。不思議に思った平中はそれをなめてみる。
「で、よくよく舌で味わいながら考えると、尿のように見えた液体は、丁字を煮出した汁であるらしく、糞のように見えた固形物は、野老や合薫物を甘葛の汁で煉り固めて、大きな筆のつかに入れて押し出したものらしいのであったが、しかしそうと分かって見ても、いみじくもこちらの心を見抜いてお虎子にこれだけの趣向を凝らし、男を悩殺するようなことを工むとは、何と云う機智に長けた女か、矢張彼女は尋常の人ではあり得ない、という風に思えて、いよいよ諦めがつきにくく、恋しさはまさるのみであった。」
平安貴族達の尋常ならざるラブストーリーが延々と続くが、かわいそうなのは国経と平中の間に生まれた一人息子である。幼い頃に親戚のおじさんに母を奪われて以来、四十年間以上も会うことができない。「お母さま」。年齢を重ねるにつれて母への思いはつのるばかり。
盲目的に恋する男、見栄を張る男、母を慕う男など、執着する男の子供っぽさを、あらゆる側面から格調高く描いている。長い年月を経て母と息子の再会するラストシーンは美しい。
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