アメリカ下層教育現場
タイトルをみて興味本位な格差問題の本かなあと思ったら、まったく違う内容で驚いた。熱血教師の体当たりドキュメンタリとして面白い本なのである。
著者は1969年生まれ。大学在学時にプロボクサーになるが怪我で挫折。週刊誌の記者を経てフリーライターになり96年に渡米。ネヴァダ州立大学でジャーナリズムを学んだ後、米国の著名なスポーツ選手にインタビューを重ねてドキュメンタリ書籍を出したという経歴の人物。バイタリティたっぷり。
大学の恩師の依頼で、著者は米国の高校で代理教員の仕事を引き受ける。着任先は市内で最も学力の低い学生が集まる最底辺校。進学率は1%に満たず、あまりの学生の質の低さに教員が次々に去っていく学校なのであった。科目は「日本文化」。
赴任第一日目。初回の授業では日本とアメリカの関係を説明する30分間のビデオ教材をみせることにした。だがそこには、ビデオを見るだけの授業もままならない学級崩壊の現実が待っていた。
「トイレに行きたい」と数人が立ち上がる。ポケットからMP3プレイヤーを取り出して聴き始める者、名にも告げずに教室から出て行く者、眠り出す者、クラスメイトの髪を熱心に梳かし始める女子学生、ハッキーサック(小さな布の弾を地面に落とさないように蹴りあう遊び)に夢中になり出す男子5人、UNOを机の上に並べる女子3名......と目を疑う光景が広がっていった。子供たちの倫理観は、私の予想を遙かに超えていた。」
元プロボクサーとして戦い、フリーランスとして世間と戦い、有色人種マイノリティとして米国社会の差別と戦ってきた闘魂に燃える著者は、そんな荒んだクラスを前にしても決して諦めなかった。日本と違って体罰は許されず、少しでも生徒に手を出せば教師が刑務所行きになる社会だ。熱血先生はまず殴りたい気持ちをぐっとこらえた。そして日本文化の授業を通して、クラスを再建し、ひとりで生きていける力を生徒に学ばせようと決意する。
ほとんどの生徒は貧困や家庭崩壊、差別という劣悪な環境に育っていた。著者は自身の学歴や、使い捨てライターとしていいように使われてきた過去と重ね合わせて、自分がお手本になってやろうと考える。「きっと使い捨てにされる者にしかできない授業があるに違いない。人種の壁に直面しながら教壇に立つサンプルを見せることこそ、真の教育ではないか」。
熱血先生の渾身の授業は生徒の心を開いていく。一進一退であるものの少しずつ心の距離は縮まっていく。だが、ほのかに希望がみえた頃には悲しい諸事情によって授業も終わりが近づいていた。先生は最後に「日本文化」よりも大切な「生き方」を生徒に教えてやろうと考える。
教員免許も持たない米国在住のフリーライターが、学級崩壊したクラスの立て直しにチャレンジするドラマが読み物として面白い。その過程を通してアメリカの下層教育現場の実態が垣間見える。ここで描かれたのは2つの学校で、共に短期間の経験であるために、米国の教育全体がこうした問題を抱えているのかはわからない。だが、日本よりひどい状況があるのは確かのように思える。
(日本は)「ただ米国とは貧しさの度合いが違うため、子供が働かなくても何とかなる。日本で話題となっている引きこもりや、成人のニート現象は、「平和ボケ」の典型と呼べるものであろう。アメリカの貧困家庭には、引きこもる部屋も、ベッドも、そして満足な食糧も無いのである。」
日本にはなかなか伝わってこないアメリカの貧困社会の様子がわかりやすく読める良い本だ。続編があっても良いなあ。
・性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004747.html
・ルート66をゆく アメリカの「保守を訪ねて」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004412.html
・エンジェルス・イン・アメリカ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004715.html
・アメリカ 最強のエリート教育
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002864.html
・現代アメリカのキーワード
http://www.ringolab.com/note/daiya/2006/10/post-464.html
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