われらが歌う時
現代世界文学の最先端をいくリチャード・パワーズの最新邦訳。上下巻で千ページを超える大傑作。ニューヨークタイムズ紙(2006年度)、シカゴ・トリビューン紙ほか世界のメディアで年間ベスト作品に選ばれている話題作。年末年始の連休読書におすすめ。
20世紀前半、人種差別の激しいアメリカで黒人歌手のディーリアとユダヤ系ドイツ人で亡命物理学者のデイヴィッドが恋に落ち、二人の間には3人の混血児が誕生した。家族は歌を愛し毎晩のように楽曲をごちゃまぜにして合唱する遊び「クレージー引用合戦」を楽しんだ。外の世界には差別と迫害の嵐が吹き荒れていたが、家族は家の中で多声が調和する音楽の世界に浸って厳しい現実をやり過ごす日々。
だが音楽が家族をひとつに結びつけていた幸せな時間はあっという間に過ぎ去っていった。やがて両親の与えた英才教育によって才能を開花させた色白の長男ジョナは天才的なテノール声楽家として世界に羽ばたいていく。次男の「私」には平凡な才能しかなかったが共に音楽の道に進み伴奏者としてピアノを弾くようになる。妹のルースは白人的な文化に激しく反発して黒人過激派運動に身を投じていく。黒人でもなく白人でもない子供達は自らのアイデンティティーと居場所を求めて長い旅に出ることになる。
ディーリアとデイヴィッドの時代と"私"の時代が対位法のように交互に語られる。人種問題、音楽、時間の3つの主題が通奏低音として終始響いている。黒人とユダヤ人の混血家族が黒人と白人、敵と味方という二元論の時代をなんとか生き延び、孫達の世代がハイブリッドでポリフォニックな未来を予感するまでの家系の歴史である。
バロック音楽、オペラ、ゴスペル、ブルース、ジャズ、ヒップホップなどあらゆる音楽がそれぞれの時代や登場人物の人生を彩る。音はジャンルの垣根を越えて次第に混ざり合って、新たな時代の音楽を生み出していく。現実世界でも混血の大統領が誕生しようとしているアメリカの姿を、音楽をモチーフに描いているのだとも言える。
この作品は文学的であると同時に娯楽性もある読み物として最高レベル。ずっしりとした文学作品を読み切った充実の読後感がある。2008年の翻訳物としてベスト。なおこの物語は前奏的な上巻の後、下巻で激動の時代に突入し本格的に動き始める。長いが必ず最後まで読み通す価値のある傑作である。
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