ビラヴド
93年度ノーベル文学賞受賞作家トニ・モリスンの代表作。南北戦争の頃のアメリカで、白人によってすべてを奪われた黒人奴隷達の魂の苦悩を幻想的に描く物語。
わたしは、わたしの民でなかったものを、わたしの民と呼び、愛されなかった者を、愛されし者と呼ぶだろう (ローマ人の手紙 第九章二十五節)
逃亡奴隷のセサは絶望の中で殺した実の娘の墓碑に「Beloved(愛されし者)」と刻印した。だが殺された赤ん坊の恨みは収まらず、セサの家に取り憑いて家族を悩ませた。長い時間が経過し残った家族も悲惨な状態で離散していった。寂しい生活を送るセサと末娘の前に忽然と「ビラヴド」と名乗る正体不明の女が現れた。彼女は本当にあの世から生き返ったあの娘なのだろうか。セサは過去の償いをするようにビラヴドを溺愛し始める。
ノーベル文学賞作家として初の黒人女性トニ・モリスンは、この小説を6千万人の祖先達に捧げている。ビラヴドは愛されず死んでいったものたちの象徴であり、忘れ去れていたものたちの怨念が実体化したものだ。
物語の中で何度か繰り返される「人から人へ伝える物語ではなかった」というフレーズが印象的だった。あまりにも悪意に満ちていて残酷な過去は、セサにとって忘れたいものであると同時に語りたいものでもある。その深い葛藤が炎となって燃え上がり、すべてを焼き尽くしていくような、激烈で悲しい物語。かつての黒人奴隷に限らず差別や虐待、愛の不在を普遍的に描いているように思った。
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