赤目四十八瀧心中未遂
「十二年前、私は来る日も来る日も、阪神電車出屋敷近くの、ブリキの雨樋が錆びついた町で、焼鳥屋で使うモツ肉や鶏肉の串刺しをして、口を糊していた。東京での二年余の失業生活をふくめれば、漂流物のような生活に日を経るようになって六年目のことである。」
落ちぶれた男は大阪尼崎のオンボロアパートで朝から晩まで黙々と臓物を串に刺す。朝10時と夕方5時になると大きなビニール袋を持った無愛想な男が現れて出来た串を回収していく。一本いくらになるのかもわからぬ内職仕事だが、世を捨て隠れて生きるには格好の場所だった。
隣室からは夜中に人の出入りと男女のまぐわう声がする。向かいの部屋には刺青彫師が暮らしており、時折痛みをこらえる客の怒号やうめき声が聞こえる。なにもかもが胡散臭くて危険な感じがする。
インテリでありながら、社会の底辺へ転落することを敢えて選んだ主人公は、当初はドヤ街の世間に受け入れてもらえない。腐ったような臓物を黙々と串に刺す内職は、賽の河原で石を積む仕事にも似ている。ほとんど無意味で単調な労働だ。そんな仕事を放り投げない男を隣人達は訝しく思いながらも、興味を持って話し掛けてくるようになる。やばそうな仕事も頼まれる。そんなこんなで人と深く関わらずに生きるつもりが巻き込まれる。そして刺青彫師の女アヤちゃんと一夜の関係を持ったことから男の生活は決定的に一変していく。
この小説は少数の登場人物と狭い空間で物語が進んでいく。とにかくセリフがうまい。言葉遣いから人物像が立ち上がる。演劇みたいだなと思ったら、舞台化、映画化されたらしい。
平成10年度の直木賞受賞作。蟹工船に続くリバイバルとかどうだろ。
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