エア
これは衝撃作。21世紀の世界に究極的な情報技術が登場したらどんな変化を及ぼすかを、寓話的に予言している。といっても、未来のハイテクそのものがテーマではない。原題はAir(or,Have Not Have)"。情報や金を持つ者、持たざる者の関係性がネットワークによってどう変わりうるのかこそ最大のテーマだ。
2020年、中国とチベットの間にある辺境の村で、メイは「ファッション・エキスパート」の仕事をしている。近代化から取り残された村にはネットもテレビもいまだ普及していない。彼女はときどき街を訪問して密かに情報を仕入れる。そして村に戻ると流行に疎い隣人たちを店に案内し、この服が都会で流行っていてあなたに似合うのよ、と指南する。村人が服を買ったら、メイは店側から仲介の手数料を得る。メイが情報を持ち村人は情報をもっていない非対称性から成立する情報ビジネスだ。
村の有力者の家に「テレビ」がやってくる。テレビは街の様子をメイを介さずに村人達に伝えてしまう。だから起業家マインドを持つメイは、仕事のスタイルを状況の変化にあわせていかなければと苦心している。テレビを嫌悪するものもいたが、メイはむしろそれを利用しようと前向きだ。
テレビはネットワークに接続されている。(この作品における「テレビ」は現在のインターネットと同義のようだ)。メイはネットワーク上にお店サイトを持とうと決めた。村の女達の手芸品を街の人たちに売るのだ。メイはテレビを研究する。肝心の情報は有料チャンネルだったりクレジットカードが必要で、お金がない村人達は買うことができないことを知る。村人達は次第に情報格差の問題に気がつき始める。平和だった村に持つ者と持たざる者の対立が緊張感が生まれていく。
そして1年後には全人類の脳を直説的に連結する究極のP2Pネットワーク「エア」がこの村にもやってくることを知らされる。この超インターネットを使えば、世界中の人々が仮想空間で意識を統合し、情報や知識をわけあい、遠隔コラボレーションが可能になる。世界はひとつになるのだ。
市場では二つの規格がデフォルトを競っていた。「ゲイツフォーマット」と「国連フォーマット」。村でベータ版のテストをするためメイは未知の技術に身を任せたが思わぬ大事故に巻き込まれる。事件の渦中でメイは世界に先駆けて「エア」の脅威と可能性を知る一人になる。辺境の村の女性が世界を変えていく大きな物語がそこから始まる。
メイは生まれた辺境の村をほとんど出ない。中心ではなく周縁からの視点にこだわって世界の変革を描いている。世界で起きていること、これから起きるであろうことの物語である。文句なしで面白い5つ星の作品。
英国SF協会賞/アーサー・C・クラーク賞/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞受賞。
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