ねにもつタイプ
岸本佐知子の講談社エッセイ賞受賞作。
私はテレビのノイズ画面を録画して、Youtubeで公開している。「なんの意味も面白みもない映像"のサンプルとしてアップしている。30秒間、正直に見ていると怖い顔がフラッシュするとか、ネット動画によくある悪戯も仕掛けていない(あれはほんとに怖いよね)。
・テレビのノイズ画面
http://jp.youtube.com/watch?v=86jud0vrH5o
これをオフィスに来た人に見せると20秒くらいで飽きてふーんという顔になる。そこで「宇宙背景放射」の話をする。「150億年くらい前に宇宙はビッグバンと呼ばれる大爆発を起こして膨張を始めたことはご存じですよね。その影響で放たれた強力な電磁波は今も宇宙に広がり続けています。テレビの砂嵐ノイズの5%はその宇宙背景放射が引き起こしていると調べた学者がいます。私たちはビッグバンをテレビの中で見ることが出来るんですねえ」。
そして、もう一度、この動画を再生してみせると、さきほどと違って、みんな食い入るように見つめてくれる。面白くないものを面白くする文脈が与えられたからだ。
岸本佐知子のエッセイのテーマは日常の経験や子供時代の追憶である。特別なことは起きない。何の変哲もない出来事ばかりだ。ひとつひとつは砂嵐の砂みたいなものである。それが彼女の妄想力ビッグバンによって、笑いのネタと化していく。
書き出しの2,3行でその文脈形成に成功している。どうでもよい話とわかりつつも、続きが読みたくなる興味関心喚起力がある。
「私の通った幼稚園には、幅二十センチほどの帯状の地獄があった。それは「お弁当室」と呼ばれる部屋の戸口の床の、なぜかそこだけタイルの色が変わっている部分のことで、そこを踏むと地獄に落ちると言われていた。」
「私はいま、目の前にあるこの英語の文章の意味について、一心に考えなければならない。だがそう思うそばから、ついついコアラの鼻について考えてしまうのである。あの鼻、材質は何でできているのだろう。何となく、昔の椅子の脚の先にかぶせてあった黒いゴムのカバーに似ている気がする。触ったらどんな感じだろう。カサカサしてほんのり暖かいだろうか。それとも案外ひんやり湿っているだろうか。」
「もしも誰かに、あなたを動物にたとえるなら何ですか、と訊かれたなら「ゴンズイ」と答える用意がある。さらに補足として「ゴンズイ玉の、中のほうにいるやつ」と説明する用意もある。」
雑念や煩悩っていうのは捨てるべきものではなくて、面白いエッセイを書くときのために、濃縮して取っておくもの、なのだな。この作家の雑念妄想ストックは相当に膨大な量があるようで、次から次へと文脈にはまりこむやつがほいほい出てくる。笑わせるだけでなく、しんみりさせたり、その通り!と共感させたり、四十数本のエッセイはバリエーションでも飽きさせない。
軽妙なエッセイはこう書くべしというお手本のような秀作。私もこういう文章でブログが書けたらいいんですけどね、雑念妄想埋蔵量が足りなくて、全然無理。
・第23回講談社エッセイ賞受賞 記念 単行本未収録エッセイ、大公開! ねにもつタイプ 岸本佐知子
http://www.chikumashobo.co.jp/special/nenimotu/
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