解読! アルキメデス写本 羊皮紙から甦った天才数学者
1998年10月29日にニューヨークのクリスティーズで、アルキメデスの論文が収められた貴重な写本が競売にかけられた。220万ドルという高額で落札されたこの写本には『方法』『ストマキオン』『浮体について』という他のアルキメデス写本には含まれていない重要論文が含まれていた。これは写本「アルキメデス・パリンプセスト」の保存と解読にあたった研究者チームが、最先端の解析技術者や時代考証の専門家らの力を集めて、困難な解読プロジェクトを成功させるまでを描いたドキュメンタリである。
著者らは「ひるがえって、ヨーロッパの科学の歴史をいちばん無難に総括すると、アルキメデスに対する一連の脚注からなると言える。」とし、ガリレオ、ライプニッツ、ホイヘンス、フェルマー、デカルト、ニュートンなど後世の偉大な科学者たちの仕事は、アルキメデスの方法論を一般化したものであるという。
解読プロジェクトには大富豪のパトロンがいたため資金面では問題がなかったが、作業には長期間を費やした。最初の3年半を過ぎてもまだ写本の「綴じ」がほどけなかったくらいだ。実はこの写本は厳密に言うとアルキメデス論文の写本ではなかったからである。後世のキリスト教の学徒が当時貴重だった羊皮紙を再利用するために、元の写本を再利用して祈祷書に作り直したもの、なのだ。
複数の古本のページをばらして、文字をこすって消し、新しい一冊の本に仕立て直した上で、祈祷文を書いてある。しかも幾度か接着剤を使った中途半端な修復が試みられており状況を悪化させていた。まずはページをばらしてアルキメデス写本の順番に再構成する。そして最新の光学技術とコンピュータを使って消えた文字を浮かび上がらせる。そのようにしてかろうじて判別できる文字と図像を専門の研究者が読み取る。当時の数学と物理学に照らして時代考証にかけて、論文の意味、重要性を検証するのである。
この本は写本の中身、アルキメデスの発見した数学について、全体の3分の1程度を使ってとても詳しく解説されている。円周率、順列組み合わせ、微積分、実無限...アルキメデス自身の論文がどのようなものであったかを知っている人は歴史的にもかなり少なかったらしい。「実は、アルキメデスは伝説的な存在ながら、ほとんど読まれていなかったからだ、<中略>アルキメデスは基本というにはむずかしすぎて、理解できる人はごく少なかった。」からだそうだ。
実際、ここには二千数百年前(日本の弥生時代!)とは思えない高度な数学が展開されている。長い間、私のアルキメデスのイメージといえば、お風呂に物体を入れて溢れた水でその体積をはかった「エウレカ!」の人であった。だが、この逸話は後世の作り話らしい。本当のアルキメデスの発見はそのような単純なレベルの発見ではなかったことがよくわかる。
アルキメデスは、科学的な観察装置を持たず、純粋に思考の積み重ねによって、数学の基本原理を次々に発見している。その意味を理解できる数学者は、当時の地中海に数十人しかいなかったのではないかといわれる。
「アルキメデスにとって、物理学と数学の組み合わせが重要だったのは、物理学のためではなく、数学そのもののためだった。アルキメデスの大望は、天体の運動を解き明かすことではなく、曲線図形や局面図形を求積することだった。たまたま、わたしたちの宇宙では数学と物理学と無限とが密接に結びついているために、高度な純粋数学に目を向けたアルキメデスは、結果としてさらに近代科学の礎を築くことになったのではないだろうか。」
二人の専門家によってアルキメデス論文を直接読む科学史研究の章と、最新テクノロジーと地道な努力によって解読を少しずつ進めていく古文書研究の実態ドキュメンタリの章が交互に書かれている。科学史の教科書にはまだ書かれていない、最新の視点を与えてくれる興味深い一冊。
・アルキメデス・パリンプセスト公式サイト
http://www.archimedespalimpsest.org/
・ヴォイニッチ写本の謎
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004123.html
・ユダの福音書を追え
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004582.html
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