夏の災厄
東京郊外で突然発生した日本脳炎らしき感染症が異常な速度で患者を増やしていく。撲滅されたはずの病の突然の復活に、対応におわれる市の保健センター職員と看護婦らの奮闘を描くパニック小説。
この作品には特効薬を開発する医者だとか、危機一髪でワクチンを届ける救急隊員のような、派手な活躍をするヒーローやヒロインは一人も出てこない。感染防止と原因究明のために力を尽くすのは市役所や病院という大きな組織の末端にいる人々。彼らが戦う相手は病原菌やウィルスではなく、前例がないことには意志決定ができない硬直化した官僚制度であった。篠田節子は八王子市役所に勤務していた体験を活かして、リアルに市と病院の現場の動きを描写している。
現代人が感染症で死ぬ確率というのは、テロや原子爆弾で死ぬ確率よりも遙かに高い。メディアがあまり取り上げないけれど、世界にとって自分にとって最大の脅威のはずだなあと思って興味を持って関連書を読んできた。この作品はこうした本が警告する危機を、説得力たっぷりに描いている。
・感染症―広がり方と防ぎ方
http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/01/post-511.html
・感染症は世界史を動かす
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004403.html
・インフルエンザ危機(クライシス)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004247.html
・世界の終焉へのいくつものシナリオ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004729.html
上記の本で少し取り上げられていた学童への予防接種反対論をこの本で詳しく知った。大規模な感染で多数の死者を出すことを考えれば、集団への予防接種は有効な手段のはずなのだ。
しかし生ワクチンによる予防接種は、少量の病原体を身体に入れるという原理上、数万人~数十万人に一人くらいの小さな確率で感染者を出してしまう。市がそれを強制的にまたは無料で実施すれば、市は万が一の自体に対して責任を負わされる。だから、市民各自の費用で任意接種の方が無難ということになってしまう。結果としてパンデミックを防げない状態になってしまう、らしい。この作品の中でも予防接種反対論の壁と主人公達は戦っている。
地味だが極めてリアルなパニックホラー。この病の最盛期は夏なので今が読み頃。
今年は篠田節子をたくさん読んでいる。以下。
・レクイエム
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/05/post-752.html
・カノン
http://www.ringolab.com/note/daiya/2008/04/post-740.html
・弥勒
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005292.html
・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html
・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html
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