あなたはなぜあの人の「におい」に魅かれるのか
嗅覚心理学の第一人者が語るにおいの心理と行動の関係。
大学生たちに脇の下にガーゼをあてた状態でハッピーな映画と恐怖映画を見てもらう。その後ガーゼを回収して、若い男女に「幸せな汗」「恐怖の汗」をかぎ分けてもらった。すると、女性は幸せのにおいを判断するのが上手だったが、男女ともに男性の恐怖の汗のおいをよく認知したという。一般的に快いとされる体臭は健康な人のもので、不快とされる体臭は不健康な人のものでもある。人間の嗅覚には人の感情や体調を嗅ぎ取る能力があるのだ。
不安なときには一親等の家族のにおいで安心する人が多いという研究もある。祖父母やおじでは半分に低下し、曾祖父母やいとこでは落ち着く効果はゼロになる。逆に性的な興奮を誘うという点では自分と遺伝特性(MHC遺伝子群)が異なる異性のにおいに人は強く反応する。だから万能の媚薬は存在しないが、人によってカスタマイズした媚薬は作れる可能性があるらしい。
最近まで研究価値がないと思われてきた嗅覚。視覚や聴覚、錯覚に比べると研究者も事例が少ない。一般人のアンケートでも失われたら困ると思われるからだの機能のランキングで最下位だったそうだが、実際には人間は嗅覚を失うと悲惨な状態に陥る。嗅覚障害者の事例が出ているが、食べ物の風味がわからなくなるだけでなく、世界との結びつきの感覚を奪われて、他者との関わりも薄くなってしまう。
「ヒトの情動系は、動物の嗅覚系が引き起こす基本的な動機が高度に進化し、抽象化した認識の解釈であると私は思います。動物仲間たちにとってのにおいはヒトには感情を生じさせますが、動物にとってのにおいとは、直接かつ明確な手段で敵の攻撃から身を守る必要性を伝えているのです。一方、私たちにとっての第一のサバイバルコードは変換され、感情の体験となります。それを「嗅覚・情動翻訳」と呼んでいます。」
ときとして、においが強烈に私たちの感情をゆさぶることがあるのは、根の深いレベルで情動と結びついているからなのだ。しかし、言語学において言葉と意味が恣意的な関係であるのと同じように、「におい」と「感じ」はほぼ完全に後天的な学習による恣意的な結びつきによるものであることが明かされる。
「におい関連学習の要点は、あなたが最初にある特定のにおいに出会ったときに、どのように「感じた」かが将来の快楽的な知覚を決定することにあります。私たちが好むにおいは最初に遭遇したときの状況が幸せであれば、肯定的な意味合いと結びつくものであり、嫌いなにおいは初めて嗅いだときに否定的な感情があったり、不愉快ななにかと結びついています。」
バニラが世界中で人を魅了する理由は、バニラが人間の母乳のフレーバー成分であり、多くのミルクに調合されているから、だそうだ。日常的に死体が燃やされているインドの川辺で幸福に生活を送る人であれば、死体のにおいが幸福な日常と結びつくことさえありえる。ひとつのにおいが複数の感覚を想起させることもある。たとえば実験でこれはなんのにおいかというラベルを張り替えて提示すると「パルメザンチーズ」のにおいが、あるときは「嘔吐」のにおいとして認知されるという例が出ていた。
人間は生まれてくる環境によって危険なにおいは変わるから、嗅覚は真っ白な状態で生まれて後天的に学習するように進化してきたようだ。だから、においは基本的に思い出のにおいなのだ。
プルーストの小説ではないが、においが強烈な過去のフラッシュバック体験を引き起こすのは私にもときどき体験する。青い草のにおいだとか、洗濯物のにおいなどがきっかけで幼児期のある瞬間がありありと再現される。そのフラッシュバックは強烈で正確である。著者曰くにおい「思い出の最良の鍵」なのだ。においの科学を追究していくと、超臨場感を持った思い出体感メディアが作れるのかもしれないと思った。
この本には、ガンをにおいで発見するイヌがいる、嗅覚を察知する電子的なセンサーの「電子鼻」が実用化されている、ハチの嗅覚で地雷探知ができる、など嗅覚に関する驚きのエピソードが満載である。
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