天才の脳科学―創造性はいかに創られるか
ちょっとユニークな読後感の脳科学の本だ。
まえがきに「幼稚園のころ私はIQ検査を受け、「天才」と認められた」という個人的な告白がある。著者は奨学金でハーバードとオックスフォードに進み英文学と医学で博士号を取った。現在はアイオワ大学精神病理学教授として脳の画像解析の最先端で多数の受賞があり、関連する学会の会長を歴任した医学者である。天賦の才能にあふれた人生に思えるが、著者は自分は結局「並外れた天才」にはなれなかったと述べている。そしてレオナルド・ダ・ヴィンチやシェイクスピア、ニュートンやアインシュタインのような真の大天才になる条件を研究している成果がこの本である。
英文学の専門家でもあるから、科学の本には珍しく各所でルネサンス期や近代の文学の天才たちの作品が、著者の見解を支持するために、しばしば引用されている。文学や芸術の天才の能力にたくさん言及しているのが、理系の天才を評価することが多い他の天才研究本とこの本が異なる独特なところだ。
だから、定量的な生産性で計るのではなく、創造性という部分で、並外れた天才を計る。まずは天才の創造性の定義だが、チクセントミハイの創造性の定義を著者は強く支持している。興味深いのでまるごと引用すると、
「創造性は、ある人物がたとえば音楽、工学、ビジネス、数学など特定の領域のシステムを用いて、新しい思想をいだき、あるいは新しいパターンを発見して、その新しさが、その当該分野によって選び取られ、関連する領域に取り込まれるときに生ずる。」
というもの。「独創性」「有用性」「生産物」がキーワードになる。本人の能力的優秀さだけでなく、その能力を使った作品として成果物を完成させ、それが世の中に有益と認められる必要があると総合している。そして、著者は有名な天才研究の内容に言及しながら、並外れた天才たちによく見られる創造パターンをこう描き出す。
「創造するためには、創造者は非常な集中と熱中状態に入り込む。精神医学の用語ではこれは「分離した状態」といえよう。つまりその人は、精神的に自分自身が環境から離れており、比喩的に言えば、「他の場所に行っている」。通常の言葉では、「現実との接触を断っている」とも言えよう。しかし主観的にはその創造者は、現実よりも本当のものである別の現実に行っているのだ。」
モーツアルトは作曲のときオーケストラの完全な演奏がいきなり頭に思い浮かぶと自ら書き残している。真の天才は部分を集めて作るのではなくていっきに完成形を創造してしているのである。それはもうひとつのリアリティの中で聴いた音楽を、こちらの世界で譜面に書き起こすような作業なのだろう。
「創造性を育てる文化的な環境」として次の5要素を挙げている。
1 自由、新規、先端にいるという自覚
知的な自由が確立されている
2 創造的な人たちの臨界量
他社との相互作用と思想の交換ができること
3 自由で公正な競争的な雰囲気
競い合うことで成長する
4 指導者とパトロン
直接育てる人、支援する人の存在
5 経済的な繁栄
多くの偉大な創造者は経済的繁栄の時期に出ている。
そして「創造的な個人に特徴的性格としては、経験に対して開放的、大胆さ、反抗的、個人主義的、敏感さ、茶目っ気、忍耐強さ、好奇心の強さ、単純さが挙げられる。」ともまとめている。
創造性というものは、個人の中に存在するものではなくて、個人が文化や環境の中に入って相互作用をする過程で出現するものだという視点が興味深いと思った。著者の少女時代と同じように、IQの高い少年少女を半世紀以上追跡調査した研究も紹介されているが、結局、並外れた業績を残した天才はほとんど出てこなかった。個人の能力ではなく社会や時代の文脈が天才を生んでいるということを裏付けている。
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