したたかな生命
本書のテーマのロバストネスを「システムが、いろいろな擾乱に対してその機能を維持する能力」と著者は定義している。ロバストネスを持つシステムの代表例が生物だ。生物は温度や湿度が多少変動してお体内の状態を一定に保つように調節が働く。病気になっても自然治癒する。怪我をして身体機能の一部を失っても、残りの機能を総動員して、生きていくことができる。
インターネットのシステムや優れた会社組織もまたロバストネスを持っていると考えられる。外部環境の変化や局所的な問題に対して、柔軟に対応する仕組みは、変化の時代のキーワードだ。生物学とシステム論を総合しながら、北野宏明と竹内薫という著名な二人の研究者が、その「しなやかな強さ」の秘密を探る。
「複雑なシステムのロバストネスを向上させる方法には、大きく四つの方法があります。それはシステム制御、耐故障性、モジュール化、デカップリング(バッファリングとも呼ぶ)です。」
システム制御とは、フィードバック機構によってシステムの現状と望ましい状態とのずれを修正していく仕組みのこと。耐故障性とは冗長性と多様性で故障に対応する機構。モジュール化は、システムが細かく区分けされていて、内部要素は強く結びつき、他のユニットとはゆるく結ぶ機構。部分故障の全体への波及を防ぐ。デカップリングは重要な機能を、ノイズや変動にさらされるレベルから切り離すということ。
システムを安定状態に保つという点ではロバストネスはホメオスタシスと似た概念だ。ホメオスタシスは、ある状態を維持することが本質だが、ロバストネスは機能を維持することに重点がある。ロバストネスは、必要に応じてあらたな安定状態へ移行する可能性を含む。ロバストネスのほうが、したたかに強靱な生命らしさがある。
しかし、完璧なロバストネスは存在しない。
「それは、すべての擾乱にロバストなシステムは存在しないということです。結局、ロバストネスとフラジリティの関係というのは表裏一体で、どこかをロバストにすれば、必ずどこかにフラジリティが出てくるものなのです。」
F1レースカーや戦車のような特定環境に最適化した車は、ある環境では無敵でも、一般道を走る乗用車としては弱点だらけだ。ロバストネスとフラジリティはトレードオフになる宿命にある。システムレベルでのこの性質が、どんな環境でも最強の生物がいない理由なのだろう。
本書のロバストネスのカバーする範囲は幅広い。大腸菌、癌細胞、ジャンボジェット機、ルイ・ヴィトン、吉野屋、糖尿病など、自然界と人間界のさまざまな現象の基本原理として、ロバストネスがあることを紹介している。生命のしなやかな強靱さを、システム科学の言葉でとらえようとする興味深い思考。
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