五重塔

| | トラックバック(0)


・五重塔
51Q2EK7CA7L__SL500_AA240_.jpg

幸田露伴が明治20年代に書いた短編小説「五重塔」を読んだ。衝撃的だった。

これは日本語で書かれた文学の最高到達点のひとつではなかろうか、と思えるくらい。

「木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対ひて話し敵もなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日掃ひしか剃つたる痕の青と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとゞめて翠のひ一トしほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り、洗ひ髪をぐると酷く丸めて引裂紙をあしらひに一本簪でぐいと留めを刺した色気無の様はつくれど、憎いほど烏黒にて艶ある髪の毛の一ト綜二綜後れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかゝれる趣きは、年増嫌ひでも褒めずには置かれまじき風体、我がものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢が随分頼まれもせぬ詮議を蔭では為べきに、さりとは外見を捨てゝ堅義を自慢にした身の装り方、柄の選択こそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟かけたを着て何所に紅くさいところもなく、引つ掛けたねんねこばかりは往時何なりしやら疎い縞の糸織なれど、此とて幾度か水を潜つて来た奴なるべし。」(冒頭部分)

こうして引用してしまうとやっぱり読みにくそうだ。

旧仮名づかいで漢字や古語の率が高い上、句点が1ページに1,2回しか出てこないような長文の連続という難解な文体であるため、かなり読みにくそうというのが正直な第一印象だった。地の文章も会話文もごっちゃにされている。

ところが、ふりがなも振られた岩波文庫版を、心の中で声に出して読んでみると、案外にすらすらと頭に入ってくる。目ではなくて耳で聞く感じで読むと心地よい。リズムが絶妙なのだ。緩急、強弱をつける技が光る。日本語の響きの美しさ、音韻の妙をここまで自在に操ることができる作家の技量に感嘆する。

不器用な性格ゆえに「のっそり」とあだ名され風采の上がらぬ大工十兵衛が、恩のある親方に対抗して、五重塔建立プロジェクト受注に名乗りを上げる。下剋上にも見える恩知らずな行動は周囲に大きな波紋をひき起こすが、頑なな十兵衛はそれらを黙して乗り越え、ただひたすらに五重塔の建立に全人生をかける。文庫120ページと薄い本だが独特の文体を活かして、静かに情熱に燃える人間の、頑固な生きざまを描き切っている。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 五重塔

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.ringolab.com/mt/mt-tb.cgi/2091

このブログ記事について

このページは、daiyaが2008年4月15日 23:59に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「サーバの移行に伴いメンテナンス中です」です。

次のブログ記事は「アウトサイダー・アート」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.1