弥勒
新聞社で美術展企画を担当する永岡は、独自の仏教美術の魅力にひき寄せられて、ヒマラヤ地方にある小国パスキム王国に単身で潜入する。そのときかつて平和だった王国には、王の側近による政治革命と徹底的な宗教弾圧の嵐が吹き荒れていた。僧侶は皆殺しにされ美術品は破壊された。革命政府に従わぬ村人たちには拷問や制裁による死が待っていた。
永岡は言葉も通じぬままに革命軍に逮捕され、村人たちとともに過酷な強制労働を強いられる。パスキムは架空の国家だが政治状況はカンボジアのポルポト政権による大虐殺、中国の文化大革命がモチーフになっていてリアリティが感じられる。やがて人とふれあい、恐怖政治の生活の中に小さな救いを見出すことができた永岡だったが、疫病や飢饉が村を襲い状況を絶望的なものに変えていく。
弥勒菩薩は56億7000万年後に人間を救いに現れるという未来仏。永岡は美術品としての弥勒菩薩を求めてこの国に入ったのだったが、過酷な経験を経て本当の救いを祈るようになる。
「そこまで言って、笑いが浮かんできた。なんというわかりやすく、目先のことだけしか考えない祈りなのだろう。しかし本来、祈りというのはそうしたわかりやすく日常的なことではないのか。哲学と宇宙と精神だけを語ってすませられる宗教があるとするなら、それもまた衣食足りた者の学問であり遊びに過ぎない。切羽詰ったときにすがれ、救いを与えてくれるからこそ、神であり仏であって、それがなぜ悪いのか。」
篠田節子作品の中でもとりわけ内容の重たさウルトラヘビー級の長編小説。ゴサインタンが良かった人におすすめ。こちらの方が闇が深い感じである。
・ゴサインタン―神の座
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005260.html
・神鳥―イビス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005177.html