人ったらし
コミュニケーションやプレゼンテーションのスキル本を読んでいて、ときどき強い違和感を覚えることがある。個性を無視して皆をひとつの理想型に押し込めようとしているように思えるのだ。明るく前向きな性格で、論理的に考えることができて、ハキハキと要領よく喋れる人がエラいという理想。ところが、現実の社会では必ずしもそういう「デキる人」が牛耳ってはいない気がする。個人的な観察では、そういうスキルで成り上がれるのは組織の、中くらいまでのポジションなのではなかろうか、と思う。
この本は「デキる人」の対極の、ダメな「人ったらし」の最強列伝である。桑田佳祐、吉行淳之介、アントニオ猪木、色川武大、希代の詐欺師など、たくさんの人ったらしの実話が紹介されている。
「あの人、いい人ね」。そんなことをいわれて喜ぶのは鈍い人間だけだ。「いい人ね」は「いてもいなくても、いい人ね」の同義語くらいに思った方がいい。「いい人ね」といわれたら、無能の烙印を押されたと思って、「このままじゃ、オレもオシマイだ!」くらいの危機感を持った方がいい。悪い奴とまでいわれる必要はない。しかし、「油断のならない奴だな」とか「一筋縄ではいかない奴」と陰口を叩かれてこそ一人前であり、ようやく「人ったらし」の域に達したといっていいだろう。」
規格化された能力のデキる人というのはリプレイスが可能だが、個性そのものを強みとする、人ったらしは取替え不能なのでもある。「あの人だからしょうがない」と愛され、人が集まってきてしまうのが「人ったらし」なわけである。
この本はそういう人ったらし養成のスキルの本ではない。知らないときは素直に「それ、知りません」と言おう、とか、「オネーさん、お水ね」「やっと会えたね」「女房には負けますよ、エッヘヘヘ」「オレ、死んじゃうよ」「なあんか、やばいらしいよ」なんてフレーズが人ったらしの特徴だとか、「人ったらし」指南も少しはあるのだが、基本的には事例集である。有名人たちの、あー、それをやられたら、確かに心に響くねという話が多い。
うまれつきの性格も大きそうだが、著者曰くサラリーマンより店屋の子供に人ったらしが多いという。親の働く姿を見て自然に、人のこころのつかみ方、あしらい方を身に着けるから、らしい。たぶん、誰しもが人間的な魅力を持っているのだろうけれど、それを愛嬌として表に自然に出せる人というのは稀なのだ。それって研究しても、真似ができるようなできないような。
画一的なコミュニケーション・スキル向上に違和感を持つ人におすすめ。