愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎
天井から吊るされたワニやエイの剥製、中世の想像で作られた天球儀、女性の臀部にそっくりのエロティックな椰子の実、骸骨の中に埋め込まれた時計、キリストの磔刑を彫った珊瑚細工、カブトガニの甲羅で作った弦楽器、巨人と小人の甲冑、一角獣のミイラ、人相が浮かび上がった石...。
中世ヨーロッパの貴族たちは、こうした世界の珍品を、ヴンダーカンマー(不思議の部屋)と呼ばれる部屋に蒐集することに懸命になった。膨大な数の蒐集品はこれといった分類をされることなく、ひたすら部屋に詰め込まれた。驚くべきもの、珍しいものを雑然と並べる、奇跡のごった煮空間ができあがった。貴族たちは世界の脅威を一所に詰め込んで、そこに小さな宇宙を再現しようとしたらしい。
「ヴンダーカンマーが誕生し発展を遂げてきた過程の根底にあったのは、一切智を重んじる万能主義だった。森羅万象すべてを自らの手で扱おうとする考え方であって、典型的な人物がたとえばキルヒャーだった。彼は一人で、この世界の、この宇宙のすべての情報を集めようとし、その情報で満たすべくヴンダーカンマーの設営に勤しんだ。」
ヴンダーカンマーの多くは近世以降の合理主義、すなわち分類と専門化、細分化の時代の波に逆行することになり、その存在の根底にある思想とともに退潮、消滅していった。だが、21世紀になった現在、にわかにヴンダーカンマーの展示会や紹介が増えて再評価の兆しがある、そうだ(本当か?)。
「この現象の背景にあるのは、ヴンダーカンマー独特の「何でもあり」という価値観や、ジャンルにとらわれないおおらかさへの再評価である。たしかに現実を振り返れば、学問にせよ芸術にせよ、あまりにも細分化、専門化されすぎた結果、一種の閉塞状態に陥っていることは否めない。だからこそ、この状況を打破するために、世界の多様な事物を総合的にとらえようとした一切智の空間、ヴンダーカンマーに立ち返る必要がある。」
必要があるかどうかは知らないが(必要という発想はヴンダーカンマー的ではない気がする)、とにかく見て楽しいビジュアルブックだ。著者がヨーロッパに保存された貴重なヴンダーカンマーをたずねて撮影したカラー写真が多数掲載されていて大変に見ごたえがある。
貴族の収集品といっても華やかさはない。胡散臭くて、不気味で、かび臭いものがほとんどである。その部屋の異様な空気が本から漂ってきそうだ。この本自体がヴンダーカンマーを再現しようとしている。なんだか現代のマニアやオタク文化の源流を見る思いである。クマグスとかアラマタとか好きな好事家に絶対のおすすめ本。