クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙
奇才 南方熊楠の人生を写真や資料でビジュアルに振り返る。
俗に30歳まで童貞だと魔法が使えるようになり、40歳まで童貞だと大魔導士になれる、という冗談があるが、南方熊楠は「小生四十になるまでは女を知らざりし」と自伝にあるように、現実に童貞で大魔導士みたいになった天才研究者である。
熊楠の研究範囲は幅広かった。粘菌、キノコ、藻、昆虫、男色、刺青、性、夢などの分野で独自の研究をした。民俗学者、博物学者と呼ばれることが多い熊楠だが、常に未分類・その他な事柄に関心を持って究めていく人であったようだ。既存の枠には収まりきらない、森羅万象の専門家なのだ。
「若き日の熊楠は、自分が学問の対象にしたいのは、「物」と「心」の接触によって生ずる「事」の世界だと語ったことがある。そうした関心から、熊楠は夢や身体といったフィールドに着目する独自の研究のスタイルを作り上げていった。さらに熊楠は、その関心の延長線上にあるものとして、セクソロジーや人肉食といった他の学者が扱わない分野にも果敢に踏み込もうとした。」
熊楠の研究は仕事というより遊びの成果のように思える。複雑なモノを顕微鏡で見たら一層複雑なモノが見つかったと喜んで報告する。わけがわからないモノが大好きなのだ。純粋なこどもの好奇心を大人になっても維持している。
「そして、この世界には単純な因果関係だけでなく、因果関係同士が作用し合うことで、さらに複雑な現象が生ずることを説いている。熊楠は、この「因果と因果の錯雑して生ずるもの」のことを「縁」と呼び、次のように結論づけている。 ”故に、今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みあるが)、縁が分からぬ。この縁を研究するがわれわれの任なり”」
「縁」とは、今で言うなら複雑系である。要素に還元できない現象にこそ本質があるということを、明治時代に直観的に見抜いていたのが熊楠だった。
この本には南方熊楠の収集した粘菌標本や、キノコや昆虫のスケッチ、研究ノートの中身が写真で多数収録されている。ビジュアルな研究者の熊楠をビジュアルに紹介するという狙いが成功した、博物館みたいな面白い本である。