2008年1月アーカイブ
・テレビ スタイル時計 TVClock
http://www.geocities.jp/teamhasebe/download/software/tvclock/index.htm
これは常用になった。
Windowsデスクトップの時刻表示は、タスクトレイの中に小さく表示されていて、とても読み取りにくい。作業環境でタイムマネジメントは重要である。もっとわかりやすく表示する時計ソフトはないものかと思っていた。
テレビ スタイル時計 TVClockはテレビ放送の時刻表示そっくりのデザインで、デスクトップ上に時刻を表示するソフトウェア。見慣れたデザインは視認性が高い上に心理的にも邪魔にならない。
スタートアップ起動に登録して「常に手前に配置する」オプションをオンにしておけば、いつでもテレビのように、わかりやすく時刻が表示される。ネット上のタイムサーバと連動して、時刻合わせを行ってくれる機能もある。
「特長
・時計の位置は自由に移動できます。
・フォントは内蔵フォントの他に、Windows のフォント、自作画像にも変更可能です。
・文字は縁取りすることができます。縁取りは内側と外側で別々に設定できます。
・お好みに合わせて 12 時間制と 24 時間制を切り替えられます。
・時計を「常に手前に表示」しておくことができます。
・数字が切り替わるときのあのアニメーションも搭載しています。
・マウス ポインタを近づけると時計を隠すことができます。
・Windows 2000 や XP では、時計を半透明にすることもできます。
・インターネットでコンピュータ内蔵の時刻を合わせることができます。
・コンピュータの時刻をずらさずに、表示される時刻だけをずらすことができます。
・テレビの時報のような音や、時間ごとに違うサウンドを鳴らすこともできます。」
角煮がこんなに深いとは。この本すごい。
著者の土屋敦さんは、オールアバウト「男の料理」の2代目のガイドだ。2004年7月にガイドに就任して、オリジナルのレシピの公開を始めた。ふつうは新しく公開したレシピがアクセスを集めるはずなのに、なぜか初代ガイドが残していった「豚の角煮」レシピがアクセス数の上位にあがってくる。がんばって新しいレシピを追加しても、むしろ、じわじわと「豚の角煮」の順位は上がり続けて、ついに首位になってしまったのだという。
「サイトを見てくれている人に会うと、「あの角煮、おいしそうですね」、「角煮作ってみました!」などといわれることが多い。そのたびに、「いや、あれは僕のレシピじゃなくて、前のガイドさんのレシピなんです。そもそも僕は、二代目のガイドで......」などと、まどろっこしい説明をしなければならない」という、悔しい日々。ブロガーとしてこの気分はよくわかるなあ。
そこで初代の豚の角煮を超える究極の角煮を開発すべく、2年に及ぶ執念の角煮づくりの成果報告がこの本である。山菜角煮、ワカメ角煮、山椒角煮、トマト角煮、魚醤角煮 古代ローマ風、アサリとセリのコチュジャン角煮、栗角煮 中華風、自然薯角煮、白菜角煮、ブリ大根角煮、牡蠣角煮、タマネギのオーブン角煮、揚げニンニクと春雨の角煮、豆乳角煮、漬け菜角煮などなど延々と続く27種類の角煮のレシピ。生唾が出そうなカラー写真で作り方を紹介している。
この本は角煮に特化した特殊な料理本であると同時に、田舎暮らしの体験記でもある。著者は佐渡に移住して家族で田舎暮らしを実践している人である。そのスローライフと、煮込みに時間を要する角煮づくりの話が重なっていい味を出している。本当はこれは料理本ではなくて、田舎でゆっくり角煮をつくる人生のすすめ、な本なのだ。
私はこれを電車で読んでいたのだが、もう角煮たまらんと思って、降りてすぐにこだわりの角煮を出す店に食べに走った。角煮はこだわりがないとだめな料理だと思う。普通の店や家の角煮ってあんまり感動しない、というか、ふつうだ。好物ランクで90位くらいだ。店が看板メニューにしているような角煮は時として感動的にがうまい気がする。そういうのは10位以内にアップする。この著者ほどのこだわりがあるならば、開発した角煮は想像を絶するうまさなのだろうなあ、とよだれがでてくる。
なお、究極の角煮のレシピは下記のページで公開されている。本には詳しい豚や調味料の銘柄のすすめもあるので今度自分で作ってみようかなあと思っている。
・極上!豚肉好きのための豚の角煮
http://allabout.co.jp/gourmet/cookingmen/closeup/CU20071108A/
土門拳が1950年から1963年(昭和25年から38年)にかけて、カメラ雑誌の月例審査員として書いた数百本の講評をまとめた本。毎月、編集部に送られてくる大量の写真から、掲載する写真を選び、順位をつけ、個々に批評を書いた。
土門拳は当時既に有名なプロの写真家であるから、アマチュアの投稿写真に対しては、何を書いても、高所から物を言う構図になる。審査員が楽をしようと思えば、その構図に逃げ込んで、好き勝手に抽象論を展開していればよかったはずだ。だが土門拳はそうはしなかった。一歩も引かずに、同じ表現者同士という立場で、投稿者に全力でぶつかっていった。
総論中心の「写真作法」と違って、この姉妹編「写真批評」の土門は徹底的に各論アプローチで批評を行う。投稿されてきた個々の写真や投稿者に対して、具体的な意見を言うのだ。常に「私だったらこう撮る」という明解な自論を確立した上で、いったん投稿者の目線まで降りていって、真摯な意見をぶつけている。内容は褒めることは稀で、表現手法を否定する厳しいものが多い。つまり、”降りていって殴る”批評だ。
土門拳は相手よりも自分に厳しい求道者である。それが読み手にもひしひし伝わってくるから、同じ基準で投稿作品を叩かれても、納得できるのだと思う。まえふりや総括に触れた個所からは、作品の審査過程の意気込みも、投稿者以上に感じられる。入選と落選を、本当に泣きながら選んでいるようなのだ。
そんな殴る側の厳しい覚悟と後進に対する熱い情熱によって、その言論行為は、破壊的な暴力ではなく、迫力のある批評になっている。これぞ本物の批評だと思う。専門家として何かを批評する仕事のお手本として、背筋を伸ばして読む本だ。
技術自慢の上位入賞の常連に対しては「大しておもしろくないものを、技術だけでものにするという、腕だけで見せているといえなくもない」とし、こんな風にを書いている。
「構図法というものは、モチーフの内容の必然性に沿って逆に出てくるものであって、構図法にあるモチーフを、ワクをきめて、はめ込んでしまうというのでは逆である。そういうことをすると、技術で、でっち上げた写真になってしまう。ベテランであればあるほど、そういうことになる危険をはらんでいる。そんなことにたよらないで、生まれて初めて写真を撮る、生まれて初めてカメラを握ったというような、赤ん坊のような、フレッシュな、初発的な謙虚な気持で撮らねばならない。」
心・技・体の三位一体を追究する人である。理想は果てしなく高い。
・土門拳の写真撮影入門―入魂のシャッター二十二条
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004954.html
コミュニケーションやプレゼンテーションのスキル本を読んでいて、ときどき強い違和感を覚えることがある。個性を無視して皆をひとつの理想型に押し込めようとしているように思えるのだ。明るく前向きな性格で、論理的に考えることができて、ハキハキと要領よく喋れる人がエラいという理想。ところが、現実の社会では必ずしもそういう「デキる人」が牛耳ってはいない気がする。個人的な観察では、そういうスキルで成り上がれるのは組織の、中くらいまでのポジションなのではなかろうか、と思う。
この本は「デキる人」の対極の、ダメな「人ったらし」の最強列伝である。桑田佳祐、吉行淳之介、アントニオ猪木、色川武大、希代の詐欺師など、たくさんの人ったらしの実話が紹介されている。
「あの人、いい人ね」。そんなことをいわれて喜ぶのは鈍い人間だけだ。「いい人ね」は「いてもいなくても、いい人ね」の同義語くらいに思った方がいい。「いい人ね」といわれたら、無能の烙印を押されたと思って、「このままじゃ、オレもオシマイだ!」くらいの危機感を持った方がいい。悪い奴とまでいわれる必要はない。しかし、「油断のならない奴だな」とか「一筋縄ではいかない奴」と陰口を叩かれてこそ一人前であり、ようやく「人ったらし」の域に達したといっていいだろう。」
規格化された能力のデキる人というのはリプレイスが可能だが、個性そのものを強みとする、人ったらしは取替え不能なのでもある。「あの人だからしょうがない」と愛され、人が集まってきてしまうのが「人ったらし」なわけである。
この本はそういう人ったらし養成のスキルの本ではない。知らないときは素直に「それ、知りません」と言おう、とか、「オネーさん、お水ね」「やっと会えたね」「女房には負けますよ、エッヘヘヘ」「オレ、死んじゃうよ」「なあんか、やばいらしいよ」なんてフレーズが人ったらしの特徴だとか、「人ったらし」指南も少しはあるのだが、基本的には事例集である。有名人たちの、あー、それをやられたら、確かに心に響くねという話が多い。
うまれつきの性格も大きそうだが、著者曰くサラリーマンより店屋の子供に人ったらしが多いという。親の働く姿を見て自然に、人のこころのつかみ方、あしらい方を身に着けるから、らしい。たぶん、誰しもが人間的な魅力を持っているのだろうけれど、それを愛嬌として表に自然に出せる人というのは稀なのだ。それって研究しても、真似ができるようなできないような。
画一的なコミュニケーション・スキル向上に違和感を持つ人におすすめ。
天井から吊るされたワニやエイの剥製、中世の想像で作られた天球儀、女性の臀部にそっくりのエロティックな椰子の実、骸骨の中に埋め込まれた時計、キリストの磔刑を彫った珊瑚細工、カブトガニの甲羅で作った弦楽器、巨人と小人の甲冑、一角獣のミイラ、人相が浮かび上がった石...。
中世ヨーロッパの貴族たちは、こうした世界の珍品を、ヴンダーカンマー(不思議の部屋)と呼ばれる部屋に蒐集することに懸命になった。膨大な数の蒐集品はこれといった分類をされることなく、ひたすら部屋に詰め込まれた。驚くべきもの、珍しいものを雑然と並べる、奇跡のごった煮空間ができあがった。貴族たちは世界の脅威を一所に詰め込んで、そこに小さな宇宙を再現しようとしたらしい。
「ヴンダーカンマーが誕生し発展を遂げてきた過程の根底にあったのは、一切智を重んじる万能主義だった。森羅万象すべてを自らの手で扱おうとする考え方であって、典型的な人物がたとえばキルヒャーだった。彼は一人で、この世界の、この宇宙のすべての情報を集めようとし、その情報で満たすべくヴンダーカンマーの設営に勤しんだ。」
ヴンダーカンマーの多くは近世以降の合理主義、すなわち分類と専門化、細分化の時代の波に逆行することになり、その存在の根底にある思想とともに退潮、消滅していった。だが、21世紀になった現在、にわかにヴンダーカンマーの展示会や紹介が増えて再評価の兆しがある、そうだ(本当か?)。
「この現象の背景にあるのは、ヴンダーカンマー独特の「何でもあり」という価値観や、ジャンルにとらわれないおおらかさへの再評価である。たしかに現実を振り返れば、学問にせよ芸術にせよ、あまりにも細分化、専門化されすぎた結果、一種の閉塞状態に陥っていることは否めない。だからこそ、この状況を打破するために、世界の多様な事物を総合的にとらえようとした一切智の空間、ヴンダーカンマーに立ち返る必要がある。」
必要があるかどうかは知らないが(必要という発想はヴンダーカンマー的ではない気がする)、とにかく見て楽しいビジュアルブックだ。著者がヨーロッパに保存された貴重なヴンダーカンマーをたずねて撮影したカラー写真が多数掲載されていて大変に見ごたえがある。
貴族の収集品といっても華やかさはない。胡散臭くて、不気味で、かび臭いものがほとんどである。その部屋の異様な空気が本から漂ってきそうだ。この本自体がヴンダーカンマーを再現しようとしている。なんだか現代のマニアやオタク文化の源流を見る思いである。クマグスとかアラマタとか好きな好事家に絶対のおすすめ本。
・本の検索
http://www.vector.co.jp/soft/dl/win95/net/se378383.html
シンプルでわかりやすいツール。
アマゾン、BK1、ジュンク堂、有隣堂、紀伊国屋、丸善、楽天ブックス、ヤフーオークション、ビッダーズ、全国の大きな図書館、書籍検索など、書籍を検索できる場所を網羅的に横断検索できる。現在32サイトが登録されていて、検索対象は任意で設定可能。検索結果を印刷することもできる。
私はネットで本を買うときにはだいたいアマゾンなのだが、売り切れの場合、他の書店を検索することになる。アマゾンで売り切れの本は他でも売り切れのことが多いから、いくつものサイトを渡り歩き、新品では無理とわかるとオークションを探す、という面倒な手順があった。このソフトを使えば、一発で全プロセスを実行できてしまうので、とてもうれしい。
・Y's Calendar
http://www.vector.co.jp/soft/winnt/personal/se434753.html
このソフトは基本的には小さなデスクトップカレンダーなのだが、「一覧形式」の表示を選ぶと上の画面のような変化する。ここでは日付・国民の祝日・六曜・節気・例年の最高気温・最低気温・平均気温・降水量・日の出日の入時刻・月の満ち欠け・旧暦が表示される。天候情報は札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の6都市に対応している。
いわゆる「吉日」を探すのに重宝するソフトである。
まず天候。数か月以上後の、長期的な予定を立てるときには、天気予報はあまり当てにならない。例年の気温や降水量がわかれば、天気がよさそうな日付を調べる助けになる。
結婚式や法事などのスケジュール設定の場合は、大安探しに六曜表示がありがたい。写真や釣りが趣味の人には、日の出日の入り、月の満ち欠けも気になるところである。
表示は当日の前後3カ月だが、1976年1月から2024年12月の間ならば、ジャンプ機能でその期間を表示させることができる。過去の出来事の調べもので使うこともできそうだ。
「合コンは、様ざまな力学が錯綜する磁場だ。その「確実性」も「偶然性」も、「自由」も疑いだせばきりがない。誰もがうっすらと気づき始めている。けれど誰もはっきりとは言語化してはこなかったそれらのことを、一度立ち止まって考えるときがきている。」
若手の社会学者二人が合コンについて研究した本。
「現代の私たちは、この合コンという奇妙な装置のおかげで、きわめて直接的なお見合いとも、無味乾燥な職場結婚とも違う、ドラマティックな出逢いを手に入れた。と同時に、あいまいな着地点を目指して戦い続けなければならなくなった。「偶然」や「突然」にこだわるがために、今では、理想それ自体がぼやけてしまっている。」
異性を身長や容姿、職業や年収で選ぶのはあさましいから、「つきあってる人がいるとかいないとか、結婚したいとか子どもがほしいとか、年収がいくらとか将来の計画とか、そんなことは気にしていないふりをする。出会うために来たんじゃないふりをする。ただの飲み会を装う。」。これは合コンじゃないフリをするのが合コンのプロトコルなのだと著者らは指摘している。
ところで、この合コンという言葉はその意味が時代によって変化してきている。Wikipediaの「コンパ」に合コンに関する記述もあって以下のような内容がみつかる。何が「合同」なのかはじめて知った。そういうことなのか。
・ 合同コンパ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%91
「現在一般的にコンパという名称で思い浮べられることが多いのは合コン(合同コンパ)である。これは主として男女の出会いを求めるために行われるコンパで、女子の大学進学率が急激に上昇し始める1970、1980年代ごろから盛んになり、その後学生どうしにかぎらず広汎に行われるようになった。合同コンパという名称は、男子のコンパと女子のコンパを合同で開催するというところに基づいている。また、男女合同で行楽地などに出かけることを合ハイ(合同ハイキング)と呼んでいたが、現在ではほとんど死語となっている。」
私が大学生だった頃はまだ合コンは学生のものというノリだったような気がする。それがいまや婚期を逃しそうな息子や娘に親が「合コン」にでもいってこいと勧めるくらい一般的な男女の出会いの形式になるまでの変遷も分析されている。合コンの研究は80年代から現在までの同時代的な男女交際の歴史でもあった。
著者らの研究もおもしろかったが、これ深いなと感動したのは、調査対象の合コン参加者の次のような意見。そうそう、若い頃はばかでモテないというのは多くの男にありがちな真理だと思った。
「若い頃はばかだったから、自分の話ばっかりしてた。でも今はいっさいしない。聞き役に徹する。こんだけ稼いでて、こんだけ仕事ができて、こんな車に乗っててスポーツもやってて、なんて言われて『すごいねー』なんて言う女はめったにいないから。女の子の悩みをひたすら聞いてあげる」(男性・三十代・会社員)」
奇才 南方熊楠の人生を写真や資料でビジュアルに振り返る。
俗に30歳まで童貞だと魔法が使えるようになり、40歳まで童貞だと大魔導士になれる、という冗談があるが、南方熊楠は「小生四十になるまでは女を知らざりし」と自伝にあるように、現実に童貞で大魔導士みたいになった天才研究者である。
熊楠の研究範囲は幅広かった。粘菌、キノコ、藻、昆虫、男色、刺青、性、夢などの分野で独自の研究をした。民俗学者、博物学者と呼ばれることが多い熊楠だが、常に未分類・その他な事柄に関心を持って究めていく人であったようだ。既存の枠には収まりきらない、森羅万象の専門家なのだ。
「若き日の熊楠は、自分が学問の対象にしたいのは、「物」と「心」の接触によって生ずる「事」の世界だと語ったことがある。そうした関心から、熊楠は夢や身体といったフィールドに着目する独自の研究のスタイルを作り上げていった。さらに熊楠は、その関心の延長線上にあるものとして、セクソロジーや人肉食といった他の学者が扱わない分野にも果敢に踏み込もうとした。」
熊楠の研究は仕事というより遊びの成果のように思える。複雑なモノを顕微鏡で見たら一層複雑なモノが見つかったと喜んで報告する。わけがわからないモノが大好きなのだ。純粋なこどもの好奇心を大人になっても維持している。
「そして、この世界には単純な因果関係だけでなく、因果関係同士が作用し合うことで、さらに複雑な現象が生ずることを説いている。熊楠は、この「因果と因果の錯雑して生ずるもの」のことを「縁」と呼び、次のように結論づけている。 ”故に、今日の科学、因果は分かるが(もしくは分かるべき見込みあるが)、縁が分からぬ。この縁を研究するがわれわれの任なり”」
「縁」とは、今で言うなら複雑系である。要素に還元できない現象にこそ本質があるということを、明治時代に直観的に見抜いていたのが熊楠だった。
この本には南方熊楠の収集した粘菌標本や、キノコや昆虫のスケッチ、研究ノートの中身が写真で多数収録されている。ビジュアルな研究者の熊楠をビジュアルに紹介するという狙いが成功した、博物館みたいな面白い本である。
最近、はまっている漫画家のひとりが浅野 いにお。まだ20代らしいが将来の大物登場の予感。
おもに現代の若者たちの明るくない青春を描く。
多くの作品では、先行きが見えない日本の社会や、人間関係が希薄な都市生活、機能不全に陥っている学校などが舞台になっていて、格差やニートやいじめや自殺など、あらゆる日本の諸問題が背景にでてくる。社会のゆがみやひずみに翻弄されつつも懸命に生きる人たちが主役である。
多面的、多元的に世界を描くことで、陥りがちな「説教臭さ」を回避している。たとえば「ひかりのまち」「素晴らしい世界」はひとつの世界を舞台にした連作短編で、話ごとに主人公が変わる。前回のわき役が次回の主役になったりする。前回に主役を襲った通り魔やストーカーが、次の主役になったりするのだが、どちらの視点にもリアルな諸事情があって、いつのまにか対立する価値観の双方に感情移入してしまった。
物語を語る技法も凝っている。伏線張りまくりの群像劇が多いのだが、表現でも大胆な挑戦をして成功している。たとえば「おやすみプンプン」は主人公がぺらぺらの紙として描かれる。名前だって「プンプン」だから匿名みたいなものだ。第1話を読んだとき、こんなに主役の姿を記号化してしまったら厚みが出ずに長編は厳しいのでは?と思ったが、顔がないことで、いつのまにか昔の自分=プンプンという風な想いで読むようになっている。技巧派なのだけれども、技がいきていて、読者はすっと世界観に入りやすいのだ。
浅野 いにおが描く漫画の内容は、時に絶望的であったり猟奇的であったりするのだが、、バッドエンドでも救いを残す終わり方をする、というか、ぼんやりと明るい方向で終わるものが多い。だから安心して読めるのが、私がはまった理由でもあるなあ。
以下、代表的な作品をおすすめの順で並べてみた。
実験的表現技法が成功した印象的な作品。小学生のプンプンが現代にありがちな家庭の不和や学校の事件に巻き込まれながら成長していく姿を描く。まだ連載中だが既刊の2巻で小学生編が一区切り終わる。
浅野いにおの基本スタイルが一番典型的にでているのがこの連作短編かなあと思う。複眼的に現代社会に生きる人々を描いた群像劇。全2巻。
新興住宅地で自殺したい人をネットで見つけてはその幇助をするのが趣味の子どもと、それを取り巻く不気味な大人たちの人間模様。
映画化決定。バンドの成功を目指して挫折した若者と、彼を応援して同棲中の彼女が、なんとか将来に希望を持って生きようとするのだけれど...。全2巻。
これまでに使われている暗号技術は、どんなに高度なものであっても、原理的には第三者が解読することができる暗号である。現在、インターネットなどでも使われている暗号技術は、非常に高度なものであるとはいえ、コンピュータを使って天文学的な時間の計算ができるなら、いつか解読できる。人間にとって意味のある時間で解読できないから、安心というだけである。
量子暗号は原理的に解読や盗聴することができない暗号である。電子や光子のような超微細な粒子のレベルでは、なにか観測するということは、対象に対して光子などをぶつけることである。必然的に観測するということは対象の状態に影響を与えてしまうことになる。この不確定性原理を通信に応用するのが量子暗号である。
「量子の状態にある信号は、測定すると必ず痕跡が残る。それを利用して盗聴があったかどうかを検知し、安全に暗号の鍵を配布できていることを確認する。これを繰り返し実行すれば、いくらでも鍵を安全に配布することができる。そうすれば絶対安全であることが唯一証明されているバーナム暗号を実現できる。」
究極の暗号である量子暗号だが安定した通信の実用化には技術上の壁があって時間がかかっている、と聞いていた。この本は今日の段階で量子暗号の実用化の取り組みがどこまで実を結んだか、普及にはどんな問題があるかを詳細に紹介している。
量子暗号とは何かについて、最初に比喩を使ったおおまかな説明があって、その後詳細な解説がある。それにつづいて究極の暗号にかかわった科学者たちの業績ドキュメンタリが読み応えがある。ひとくちに量子暗号といっても細かな仕組みにはいくつかの種類があること、量子コンピュータが普及した場合に量子暗号はどう進化していくか、など量子暗号について過去現在未来を総括する。
ひとつの技術の最前線を知ることができてワクワクした本だ。
・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004028.html
・EARTHQUAKE 3D
http://www.starfield-screen-saver.com/quake.html
ジュセリーノの予言によると今年は大きな地震があるようですが...。
・USGS(アメリカ地質調査所)の地震情報
http://earthquake.usgs.gov/eqcenter/recenteqsww/Quakes/quakes_all.php
このサイトには世界で発生した地震の情報がリアルタイムに掲載されている。こんなに毎日、地震情報があると、地球というのは揺れているのが常態なんだなあと思ったりする。
EARTHQUAKE 3DはこのUSGSの地震情報から過去1週間分を3次元の地図上に表示する。地震の大きさや時間などで地震を絞り込んだり、地図のデータ表示項目を選んで表示させたりすることが可能。情報というよりアートとして鑑賞できる作品。
地震大国日本の専用アプリとしては地震検索システム EQLISTもある。こちらは1885年以降のマグニチュード4以上の地震3万件を検索できるフリーソフト。地域と期間でリスト表示と地図表示が可能。
・地震検索システム EQLIST
http://www5b.biglobe.ne.jp/~t-kamada/CBuilder/eqlist.htm
・GyaoReader+
http://pcbase.web.infoseek.co.jp/gyao/index.htm
昨年の10月頃に”専用アプリ”の話を書いたのだが、
・橋本大也の“帰ってきた”アクセス向上委員会 #007
〜サイトのアクセス向上に“専用アプリ”
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/10/16/1970
「Yahoo!(237)、Google(81)、楽天(71)、Amazon(45)、2ちゃんねる(34)、mixi(37)、YouTube(23)、ニコニコ動画(6)。この数字は、フリーウェアやシェアウェアのダウンローサイトVectorで、それぞれのサイト名を検索した結果数だ」
このGyaoReader+も、こうした専用アプリのひとつ。Gyaoと名前がついているが対応サイトはgyaoに限らない。
・Gyao、Yahoo!動画、BIGLOBEのホームページ内をクリックすることで、直接WindowsMediaPlayerで再生できる。
・ニコニコ動画とYouTube、veoh、GUBAの動画をダウンロードできる
・各種音楽ダウンロードサイトの試聴リスト一括再生ができる
・Gyaoなどのコンテンツをツリー表示できる
などの機能を持っている。
複数のサイトを横断的に見たり、コンテンツを一覧したり、動画をダウンロードしたりという機能は、広告で運営している商業動画サイトでは、オフィシャルには実現されない機能である。第三者が勝手に開発したアプリならではの便利さが実装されている。
・NXPowerLite
http://c.filesend.to/plans/pr_oce/pr.html
NXPowerLiteはPowerPoint、Word、Excelのファイルサイズを軽量化するソフト。広告で知って体験版を試してみた。大きなファイルを最大20分の1(95%)まで圧縮・軽量化してしまうのだという。つまり、うまくいけば10メガバイトのファイルが、500キロバイトになるという計算。軽量化してもファイル形式が変わらないので、ファイルを開くユーザーは準備は不要である。
早速手元の4.2メガバイトのパワーポイントで試してみた。
・昨年のイベントで使ったパワーポイントファイル 4.2M
http://tvnews.jp/nxpowerdemo/TVNet0600201.ppt
圧縮モードはいくつか用意されている。今回は通常とモバイル機器用で実験した。結果は以下のとおり。
・通常圧縮モードで軽量化 1M
http://tvnews.jp/nxpowerdemo/normal.ppt.ppt
・モバイル機器用で軽量化 172K
http://tvnews.jp/nxpowerdemo/mobile.ppt.ppt
このソフトは文書内で使われている画像を圧縮することで軽量化を実現している。だから、ファイルサイズは小さくなる代わりに、ファイル内の画像の画質は劣化しているのがわかる。だが、通常圧縮ならプレゼン画面投影時にはあまり気にならないレベルだと感じた。
・数メガバイトの添付ファイル送付はためらわれるが、数百キロバイトなら、ま、いいか、という相手とメールするとき
・プレゼンの事後配布用データを軽量化してメールやWebで配信したい
・添付ファイルやアップロードファイルのサイズ上限が決まっているWebサービスを利用したい
などのシーンで重宝しそうである。
久しぶりに自宅のプリンタを買い替えた。前回の機種について記事を書いたのが2004年3月なので3年ぶりだ(ブログに記録を残していると買換え間隔がわかって便利)。
・未来的なプリンタ複合機 HP PSC 2550 Photosmart
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001236.html
今回も自宅用には、空間がごちゃごちゃしない複合機(プリンタ+スキャナー+コピー機)から選ぶことに。2か月ほど悩んだ末に購入したのがこの機種。選定の決め手は、なんでもできる万能性である。
このプリンタは驚くほど多機能、なんでも対応をしている。無線LAN、有線LAN、赤外線通信、Bluetooth、CD/DVDの読み込みとCD書き込み対応(内蔵)、ほぼすべてのデジカメメモリ対応、USBメモリ対応、4インチ液晶モニタ、4800dpiの精度のスキャナー(フィルムスキャン可能)、CD/DVD印刷、デジカメRAW形式対応、などなど。パンフレットと説明書には何十もの機能が列挙されていて圧倒される。全部使う人はいないだろう...。
基本的なプリンタとしての性能は、普通文書の印刷は満足、写真に関しては大満足という感じ。予想通りオールインワンの使いやすさが高評価。
使ってみてわかったのは「前面と背面のW給紙機構」というのがすごく便利だ。前面にはA4などの普通紙を給紙しておき、背面には写真・はがき用紙を入れておくと、自動で適切な用紙を給紙するので、紙を入れ替える必要がない。前面でインク交換できるのも地味だがよいアイデア。
パソコンがなくても4インチ大型液晶モニターで内容確認と印刷ができるというのも家庭では気軽で結構使う。デジカメのメモリの内容をPCレスでCDROMに焼いてしまうこともできる。
・PM-T990
http://www.epson.jp/products/colorio/printer_multi/pmt990/
1882年、ケンブリッジ大学トリニティカレッジで(英国)心霊現象研究協会 (The Society for Psychical Research)は設立された。初代会長は哲学者ヘンリー・シジウィック。幻像、サイコメトリー、テレパシー、テレキネシス、エクトプラズム、ポルターガイスト、降霊術など、心霊現象や超常現象を科学的に解明しようとする組織であった。本物のゴーストハンターたちの会なのだ。
心霊現象研究協会の主な歴代会長のリストを見ると、首相やノーベル賞学者を含む錚々たる顔ぶれが就任している。
1882-1884 ヘンリー・シジウィック、哲学者
1892-1894 A.J.バルフォア、イギリスの首相、バルフォア宣言で有名
1894-1895 ウィリアム・ジェームズ、心理学者、哲学者
1896-1897 ウィリアム・クルックス卿、物理学者、化学者
1900 F.W.H.マイヤース、古典学者、哲学者
1901-1903 オリバー・ロッジ卿、物理学者
1904 ウィリアム・フレッチャー・バレット、物理学者
1905 シャルル・リシェ、ノーベル賞受賞生理学者
1906-1907 ジェラルド・バルフォア、政治家
1908-1909 エレノア・シジウィック、超心理学者
1913 アンリ・ベルクソン、哲学者、1927年にノーベル文学賞受賞
1915-1916 ギルバート・マリー、古典文学者
1919 レイリー公、物理学者、1904年にノーベル賞受賞
1923 カミーユ・フラマリオン、天文学者
1926-1927 ハンス・ドリーシュ、ドイツの生物学者、哲学者
1935-1936 C.D.ブロード、哲学者
1939-1941 H.H.プライス、哲学者
1965-1969 アリスター・ハーディー卿、動物学者
1980 J.B.ライン、超心理学者
1999-2004 バーナード・カー、ロンドン大学の数学、天文学の教授
・出典 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E9%9C%8A%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%8D%94%E4%BC%9A
1985年にはアメリカにも協会が発足し、本書の主役であるハーヴァード大学教授のウィリアム・ジェイムズが初代会長に就任する。彼らは大真面目に幽霊屋敷や超能力者を調査し論文を書いて発表した。趣味的活動ではあったかもしれないが、高名な科学者である彼らは失うもののある人たちであった。多くの挑戦はかなり本気だったようなのである。
心霊現象や超常現象に対して懐疑的な意見もあれば、肯定的な意見もあった。科学者たちは宗教や迷信から離れて議論していた。懐疑派は「たとえば幽霊を見たと称する人々はほぼ例外なく、死者はきちんと服を着ていたと言う。なぜそうなのか?エレナーの言葉を借りれば、なぜ「服の幽霊」が出るのか?幽霊とは死者の霊ないし霊エネルギーの現れであ、とは言えるかもしれないが、シャツやスカートにも死後の生があるとは考えにくい。なぜ服もいっしょにもどってくるのか?」といった。いやはや、そんな問題の立て方があるとは感心したのだが、肯定派は識閾下のコミュニケーションが超常現象の正体なのだと主張したりもした。
本書は19世紀末~20世紀初頭の、最初の心霊研究ブームの熱狂を伝えるドキュメンタリである。高名な学者や作家が次々に登場して心霊現象を語っている。表の歴史書には決して出てこない、もうひとつの科学史、偉人伝として面白いのである。
「私たちの感覚世界へのアウェアネスは、実際に起こった時点からかなりの時間遅延することになります。私たちが自覚したものは、それに先立つおよそ0.5秒前にすでに起こっていることになるのです。私たちは、現在の実際の瞬間について意識していません。私たちは常に少しだけ遅れていることになるのです。」
認知科学で有名な意識の遅延に関する理論を、研究の第一人者の認知心理学者ベンジャミン・リベット自らが一般向けに語っている。この理論によると。私たちが意識の上で「今」だと感じている瞬間は正確には0.5秒くらい前なのである。
「自由で自発的なプロセスの起動要因は脳内で無意識に始まっており、「今、動こう」という願望や意図の意識的なアウェアネスよりもおよそ400ミリ秒かそれ以上先行していることを私たちは発見し、明らかにしました。」
何かを意識にのぼらせるには、脳の電気的な準備プロセスが必要で、それに必要な時間だけ意識は遅延する。0.5秒というのはかなり長い時間なので、「人それぞれの性格や経験が、それぞれの事象の意識的な内容を変えてしまう可能性」もあるのだという。認識の個人差、感受性の違いの根本原因は、この意識の遅延にこそあるのかもしれない。
リベットらの意識の研究によって、人間の行動には無意識が支配している部分も多いことがわかってきた。たとえば自転車を走らせていて子どもが飛び出してきたとする。この場合、人間は150ミリ秒くらいでブレーキを踏んでいる。危ないからブレーキを踏まなければと意識が思うのは500ミリ秒くらいの、実際に踏んだ後なのである。
なんだか不思議に思えるが、さらに日常の発話も無意識におう所が大きいらしい。確かに私たちは次に何を話そうか、どんな単語を使おうかと意識で考えないでも、自然にぺらぺら言葉を繰り出している。
「発声すること、話をすること、そして文章を書くことは、同じカテゴリに属します。つまりこれらのことはすべて、無意識に起動されるらしいということです。単純な自発的行為に先行して、無意識に始まる脳の電位変化は、また話したり書いたりといった類いの他の自発的行為にも先行するという、実験的な証拠がすでにあります」。
「話された言葉が話し手が意識的に言おうとしていたこととどこか異なる場合、通常話し手は自分が話したことを聞いた後に訂正します。実際に、もしあなたが話をする前に一つ一つの単語を意識しようとすると、あなたの話す言葉の流れは遅くなり、ためらいがちになります。流れがスムーズな話し言葉では、言葉は「ひとりでに」現れる、言い換えれば、無意識に発せられるのです。」。楽器の演奏もおなじだそうである。
表現行為の多くが無意識の創作を意識が追認していくプロセスだというのは、私たちの経験に照らして正しそうに思える見解である。自然な動作はたいがい「ひとりでに」おきる。自由意志、顕在意識が行う行為は人間の行動の中では案外、限定的なのであるということがわかる。私たちは自由意志で生きていると思っているが、無意識の結果を追認しているだけのようにも思えてくるのである。
当然のことながら、このテーマを突き詰めると「人間に自由意志はあるのか」という哲学的な問いに収斂する。第6章の「結局、何が示されたのか」ではリベットと心脳論の祖デカルトが仮想的な対話をする趣向が用意されている。ここで意外にもリベットは自由意志や魂の存在を否定せず、理論的にその存在の余地を残そうと努力している。
リベットは脳科学、認知科学の本にしばしば研究内容が引用されているが、本人の著作も実験結果の分析にとどまらず、哲学的な問題意識で書かれていて、相当面白いものであった。
・ユーザーイリュージョン―意識という幻想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001933.html
リベットらの研究をベースにして意識科学を総合する大傑作。
・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html
・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html
・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html
・言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000718.html
・神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003679.html
「臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ」
まずタイトルをどう読むんだという話である。
「臈たし」は「らふたし」で、意味は大辞林によると、
[1] (女性が)洗練されて美しくなる。優美である。
[2] その道の経験を積む。年功を積む。
という意味である。
わからない人は辞書をひけばいいし、辞書を引きたくない人は読まなければいいのである。そういうスタンスで書かれているのだから。
素直な感想として、これはノーベル賞作家大江健三郎の到達点とその限界を同時にあらわすような作品だなあと思った。この人は数十年間同じものを書いている。この作品も偉大なマンネリである。いつものパターンである。
例によって大作家としての自分と障害を持つ息子が登場する。ふたりの穏やかな生活のかく乱者として旧友が登場する。自分と旧友は過去に痛ましい暴力事件を経験して、強烈なルサンチマンをも共有している。自分らの出自である四国の森の、神話的な伝承と現実が二重写しになって、象徴的なイメージを結ぶ。そのイメージに喚起されてコトを起こしたり、癒されたりする。そして物語の通低音のように繰り返される欧米文学の引用がある。今回はそれが「臈たし」云々なのであった。
まるで新しい挑戦がないのは、ノーベル文学者として正しい戦略なのかもしれない。大江健三郎の文学とは水戸黄門なのだ。もはや読者は期待を裏切る新展開を求めてはいない。編曲、変奏のバリエーションをみて満足したいのである。読者は数十年間も大江健三郎の作品につきあううちに年齢を重ねている。対象はマンネリとはいえ感じ方が違ってくるし発見もある。そこで勝手に深みを発見して感慨深くなったりするのである。
そういう意味で、長年の読者としては水戸黄門的に結構面白かった。今回もひきこまれた、というのが素直な感想だが、日本を代表する大文学者なのだから、「治療塔」くらいまで戻って、新しい形式に挑戦してくれてもいいのではないか、と思ったりもする。
・さようなら、私の本よ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003990.html
・日本語と日本人の心
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004782.html
・「伝える言葉」プラス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004794.html
代表作「太陽の塔」を発表した大阪万博の開催直前の時期に、雑誌「芸術新潮」に連載された岡本太郎の芸術論。「私は幼い時から「赤」が好きだった。血を思わせる激しい赤が...」。「聖なるもの」、「石」、「血」、「怒り」、「挑戦」、「仮面」、「聖火」、「夜」という、一連のキーワードの関係を構築しながら、古い芸術観を解体していく。
岡本太郎というと「芸術は爆発だ」というフレーズが有名だが、彼がこの本で語っているのはまさに、なぜ芸術は爆発なのか、爆発とはなんなのか、の話である。爆発とは原初的な生命エネルギーが人間の内側からふきだすことであるが、無論ふきだすだけでは芸術表現ではない。
岡本太郎はピカソの「ゲルニカ」を例に出してこういう。「いずれにしてもピカソの作品はあくまでも激しいと同時に冷たく、微妙な計算の上で炸裂している。そこに同時に遊びがあるのだ。怒りながら、瞬間に自分を見返している。常に見返していなければ本当の芸術家ではない。自分を見失い、我を忘れた狂奔は怒りではない。芸術ではない。」
「私は言いたい。全体をもって爆発し、己を捨てることだ。捨てるということは一番自分をつかまえることなのである。ああオレは怒ってるな、と腹の底でこっそり笑いながら、真剣に憤っている。それが人間的なのである。表現の側から言えば、目をつりあげて怒りながら、同時にそれが笑いである。またその逆であるというような表現こそ、人生そのものの表情であり、芸術である。」
真髄はメタなのだ。冷めていながら、ぶち切れることを遊ぶのが芸術なわけだ。これまで何冊か読んだが、岡本太郎の芸術論は常に人間の精神や文化の豊饒賛歌になっている。何かに還元できるような、つくりものじゃないのである。
この連載は太陽の塔の制作と重なる。こんな記述もあった。
「70年万博のテーマ館のために、私は世界の神像・仮面・生活用具などを集める計画をたてた。進歩を競い、未来を目ざすつくりもの、見世物ばかりで何か全体が浮き上がってしまいそうな会場の気配に対して、ぐんと重い、人間文化の深みをつきつけたかったのだ。」
日本中が注目した進歩史観の祝祭に対して、それとは反対の、ドロドロした人間のエネルギーを演出してみせた。当時、そのコンセプトやイメージが万博に合わないという意見もあったらしいが、岡本太郎は、実は確信犯的に遊んでいたのだということがわかる。体制に慣らされては芸術はできない。体制と戦うことを真剣に遊ぶことが真の芸術なのだなあと、その生き方をみて思った。
・岡本太郎 神秘
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004986.html
・今日の芸術―時代を創造するものは誰か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005051.html
・岡本太郎の遊ぶ心
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005077.html
・岡本太郎の東北
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005167.html
・Photowipe
http://www.hanovsolutions.com/?prod=PhotoWipe
Photowipeは写真から不要な物体を消すソフトウェア。お絵かきソフトのように、消したい物体の上をブラシでなぞって、黒で塗りつぶす。すると、物体は消え去り、周囲の情報から背景が補完される。
この前、倉敷で撮影した白鳥と鯉の写真から、白鳥を消してみた。白鳥の部分を上のサンプルのように黒で塗りつぶす。
影は残ったが一応消えている。このように大きな面積でメインの被写体を消すとさすがに不自然だが、画面の端に写り込んだ電線や柱、遠方に見える観光客などは違和感なく消してしまうことができる。失脚した政治家が写真を消すなんてことも簡単だ。
オリジナルのサイトでは用途説明として「動物園で檻を消したり、昔のガールフレンドやボーイフレンドを消し去ることができる」とのこと。このソフトはオープンソースの画像処理ライブラリを利用して開発されており、ソースが公開されている。画像編集プログラミングの参考になりそうだ。
・GREYCstoration
http://www.greyc.ensicaen.fr/~dtschump/greycstoration/
・Defraggler
http://www.defraggler.com/
不精な私はパソコンのデフラグを滅多にやらない。やったほうがよいとわかっているのだが、私のPC環境ではどういうわけか途中で止まってしまうことが多いので、終わるまでお守りをしていなければならず面倒なのだ。大容量のハードディスク全体をデフラグするから長い時間がかかり、その間に何か不具合が発生して、プロセスが落ちてしまうようなのだ。
部分的にデフラグするソフトがあったらなあと思っていたら、あった。Defragglerはファイル単位、フォルダー単位でデフラグを実行できるソフトウェア。
まずAnalyzeでハードディスク全体を分析する。私のHDDの場合上の図のように赤い断片化だらけだった。早速Fragments数でファイルをソートして、断片化が目立つ大きなファイルだけをデフラグしてみた。
大きなファイルを扱うことが多い人は、作業フォルダをこのツールでこまめにデフラグしておくといいかもしれない。Vista対応。
ドイツでベストセラーの大人のための絵本。
「しばらく前から、ほんの気まぐれに、あの小さな王様が僕の家にやってくるようになった。王様は、名前を十二月王二世といって僕の人差し指くらいの大きさしかないくせに、ひどく太っていた。白いテンの皮で縁取りされた、分厚い深紅のビロードをいつも着ているのだが、おなかのところははちきれそうだった。」
この小さいけれど立派な王様と、平凡な日々を暮らす「僕」が対話する。
王様の世界では、子ども時代が人生の終わりにある。王様の世界では、人はすべてができる大人として生まれ、日々少しずつ小さくなっていく。経験をつむたびにいろいろなことを忘れていく。最初はできたことが次第にできなくなっていく。でも王様の世界では小さければ小さいほど偉いとされるので、ちいさなちいさな王様はふんぞりかえっているのだ。
それをへんだという「僕」におまえたちと大して変わらないのだと返す。普通の人間は大人になるにつれて知識や経験が増える一方で、想像力や可能性はどんどん縮んで小さくなってしまうのだから、と。
そんな出だしで始まる王様と僕の物語は、各章が大人が忘れてしまうことを思い出させるレッスンになっている。途中に十数枚の象徴的な挿絵が用意されていて、王様の世界観に視覚的にひきこんでいく。作画は寓話の絵で定評のあるミヒャエル・ゾーヴァ。(私がこの本を買ったのは、ゾーヴァが気になっていたから。)
装丁もうつくしい本なので、大切な人や後輩へのプレゼントにもよさそう。
「1枚の絵から立ち上がる不思議な物語。笑いに満ちた空間。可愛らしさの奥にちらりと漂う毒気。ただならぬ気配。こみあげる懐かしさ。出版・広告・舞台・映画へとその活躍の場をひろげるベルリンの画家ゾーヴァが日本の読者のために語りおろした、絵について、人生について。独特のオーラを放ち、絵の前に立つ者を立ち去りがたくする作品を発表し続けるミヒャエル・ゾーヴァが自作を語る。未発表作品も含めた代表作45点を掲載。
これは傑作。美術館めぐり10館分くらいの価値があった。
古今東西の絵の中から「ヴィジュアル的に面白いもの」を選りすぐってカラーで収録し、その時代背景や技法を解説する。美術的な価値や知名度だけで選ばず、視覚的な面白さに徹底的にこだわって、知る人ぞ知る名画迷画を多く発掘している。印刷も高精細で大きく美しい。ページをめくるたびに目が釘付けになった。見る快楽がたっぷり味わえる。
不思議な構図の絵、視覚的にどきっとする絵、信じられないくらい精密な絵、特異な技法で描かれた絵、不気味な想像の絵など、いろいろなヴィジュアル的面白さがあるのだが、共通するのはどの絵も圧倒的に美しいということ。フルカラーの絵にしばし見惚れてから、著者の博覧強記の解説文を読むのだが、絵のインパクトが大きすぎて解説が頭に入ってこないこともあった。
神々や悪魔、仙人や伝説の怪獣など想像上の世界を描いた絵にユニークな絵が多い。特にキリスト教の宗教画の悪魔は強烈である。「そもそも悪魔とは、絶対神に対立sする観念でありますから、絶対神をいただくキリスト教やイスラム教の文化圏においてこそ、その絵画的表現は多様化したといえるでしょう」と著者はその理由を考察する。たとえばミヒャエル・パッハーの聖ヴォルフガングと悪魔は、典型的な悪魔の絵だ。聖者を誘惑する悪魔の姿がリアルで、夢に出てきそうである。
・ミヒャエル・パッハー 聖ヴォルフガングと悪魔
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5c/Michael_Pacher_004.jpg
西洋画だけでなく、東洋の絵も多数紹介されている。定規で細かな直線を何万本も引いて建築物を描く中国の「界画」はこの本で初めて知った。美術というより設計図に近いらしいが、機会があったら実物をじっくり見て見たいと思った。
歴代の中国皇帝が保有していた名画は、絵の上にベタベタとたくさんの朱色のハンコがおされている。皇帝が鑑賞するたびに「乾隆御覧之宝」などと印を残したからだそうだ。これは画家にとっても名誉なことで作品の価値を高めたのだろうが、西洋美術では考えられない。「後世の人がいかに皇帝とはいえ、勝手に字を書いたりハンコを捺したりすることのできる文化とは、いったいなんであろうか」、東西には「作品空間という観念のちがいがあるように思われるのです」といった著者の考察がある。
日本の絵は少ないが伊藤若冲の南天雄鶏図が選ばれていて納得。
・怖い絵
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005184.html
・美について
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005145.html
・形の美とは何か
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005144.html
この本のタイトルから「ドアーズ」という伝説のバンド名が生まれ、その内容は往年のサイケデリックムーブメント、意識革命、ニューエイジ運動の火付け役ともなった。
オルダス・ハクスリー(1894-1963)は、立会人や録音装置を前に、幻覚剤メスカリンを服用して、自らの精神が変容していく様子を記録した。薬が効き始めると、時間や空間の認識が弱まり、代わりに事物の存在度の強さ、意味の深さ、パターン内部の関係性が強く認識されるようになった。そして「すべてが<内なる光>に輝き、無限の意味に満たされている世界」を発見した。
ハクスリーは化学的な力を使って「知覚の扉」を開くことができること、それは芸術家や宗教者たちに創造的インスピレーションを与える超越的なビジョンと同質のものであると語る。「偏在精神(マインド・アット・ラージ)」と「減量バルブ」という二つの概念を使って、人間の内部意識と外部世界の関係を見事にモデル化している。
「人間は誰でもまたどの瞬間においても自分の身に生じたことをすべて記憶することができるし、宇宙のすべてのところで生じることすべてを知覚することができる。脳および神経系の機能は、ほとんどが無益で無関係なこの巨大な量の知識のためにわれわれが圧し潰され混乱を生まないように守ることであり、放っておくとわれわれが時々刻々に近くしたり記憶したりしてしまうものの大部分を閉め出し、僅かな量の、日常的に有効そうなものだけを特別に選び取って残しておくのである。」
見たもの、聞いたものをすべて記録し再生する潜在能力を、ハクスリーは<偏在精神>と呼んだ。これは特別な力ではなく、人間がみな持っている基本能力であるという。
「この<偏在精神>は脳および神経系という減量バルブを通さなければならない。このバルブを通って出てくるものはこの特定の惑星の表面にわれわれが生き残るのに役立つようなほんの一滴の意識なのである。この減量された意識内容に形を与えそれを表現するために、人間は言語と名付けられている表象体系とそれに内在する哲学を創り上げ絶えず磨きをかけてきた、個人はすべて各自がそこへ生まれおちた言語慣習の受益者であると同時に犠牲者である。」
こうした理論のもと、ハクスリーは脳内の化学作用で減量バルブを制御することで、人間は世界に潜在する豊かな意味を、自在に知覚することができる、意識を拡張することができるとした。
超越的ビジョンをみる芸術家や宗教家は、意味にあふれた「素晴らしい原存在」を、脳の減量バルブを迂回するパイプを通して、直接に受け取ることができる人たちなのだ。そのために必要なのは精神修行か薬であるとハクスリーは結論する。
古代人は栄養不足に置かれることが多かったから、現代人よりも変性意識状態に陥りやすく、幻覚を見ることが多かったのではないか、という後半の考察も興味深かった。原始宗教の発生や、宗教の衰退の説明として説得力もあった。
サイケデリックムーブメント、ニューエイジ運動、サイバパンクなどのサブカルチャーの背景にある基本思想を確認したいという動機で読み始めたのだが、全編を通して勉強になるというより、非常に面白かった。この本、決してオカルトではないのである。かなりまっとうな科学であり、哲学であり、総合的な思想の本だったのである。
・すばらしい新世界
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004977.html
作家ハクスリーの代表作。逆ユートピア小説。
・ジョン・C・リリィ 生涯を語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004756.html
・脳と心に効く薬を創る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002497.html
・マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002400.html
・科学を捨て、神秘へと向かう理性
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002634.html
・脳はいかにして"神"を見るか―宗教体験のブレイン・サイエンス
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000134.html
20世紀初頭のロシアを舞台にした大河小説。田舎の地主の家に生まれた若者が、戦争と革命の波に飲まれてすべてを失い、悪党として獣のごとく生き抜いていくようになる様子を描いている。
ロシアの文豪の作品を一流の翻訳者が訳したかのような格調高い文体にまず驚かされる。佐藤亜紀という著者名を隠して、ロシア作家の遺稿の翻訳物として売り出したら、これが国産だと見破れる読者は少ない気がする。日本人が書いた外国文学といえる。
翻訳物を模倣した文体の技だけでなく、リアリティを持った登場人物の時代設定と描写、骨太で破たんなく展開していく歴史小説としての完成度も一級品である。特に後半の無政府状態の混沌とした状況の中で、前半で張られた伏線の収束効果で加速して、クライマックスへと向かっていくスピード感がよかった。
疾走感こそこの作品の本質だと思う。本物のロシアの大河小説というと、名前が覚えにくい登場人物が多数登場して、何本もの筋が錯綜しがちであるが、ミノタウロスは日本人が書いたせいか、その点がやけに読みやすくできているように思う。重厚なのだが、ページをめくりやすい。
「本の雑誌」で年間ベストに選ばれるなど、本好きや評論家にかなり高く評価されている一冊。
ある筋から読むといいと言われたので素直に読んでみた。
2008年 有効なエイズワクチンが誕生する これによりエイズの予防が可能に
2013年 ガンの治療法が発見される(脳腫瘍を除く)
2019年 北朝鮮で原発事故が起きる
2011年〜2013年 感染からわずか4時間で死亡するエルス(Herus)というウィルスが出現
ブラジルの預言者ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルースは2001年9月11日の世界貿易センターのテロ攻撃、2004年のインドネシアのスマトラ島沖地震と津波などの大事件を事前に予知し、8万9千通もの予言の手紙を各国政府などの諸方面に送ってきた(一種の内容証明である)。これまでにその内容の90%以上を的中させてきたのだという。この本にはこれから起きる事柄が日付入りで何百も予言されている。
日本では2008年2月15日から28日の間に川崎でM6.3の地震、9月13日には東海地方でM8.6の大地震が起きる。2009年1月には死者10万人規模の大震災が大阪・神戸を襲うなどとしている。天変地異の予知が多いが、テクノロジーの未来予測や、次の米国大統領が誰かなど政治経済に関わるものもある。こうした内容をぼやかさず、場所や時間、固有名詞をはっきりと書いているのがジュセリーノの特徴だ。
いやあ、これ、どうなのであろうか?。
予言の手紙8万9千通というのはものすごい数だ。これだけ大量に予言すれば中には当たることもあるだろう。当たった場合の手紙のコピーだけを集めて、私の予言は当たるといえば予言者になれるということなのかもしれない。たぶん、そういうことだと思うのだ。思うのだが...。
ジュセリーノの予言は一部に突拍子がないもの(2040年代に日本海に新しい陸地が現れる、など)も含まれるが、政治や経済、社会の予言の多くは、近未来に起きてもおかしくないことのリストである。私はそれほど信じているわけではないが、読んでいて未来を考えるよいヒントになった。
ジュセリーノは地球環境問題に熱心で、今のままでは地球は温暖化や環境汚染で駄目になってしまうから、人類は生き方を変えるべきだというメッセージを、こうした予言の活動を通して真面目に訴えている。
2007年にこのブログで紹介した小説・創作作品の中から、これは本当によかったと思う本をランキングで10冊+2冊並べてみました。私が2007年中に読んだというのが基準なので、昔に発表された作品もかなり含まれています。
フィクションに順位をつけるのは大変に難しいことで、ここにあげた10作はどれも強くおすすめです。
・2006年度 年間オススメ書籍ランキング フィクション部門
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004849.html
ちなみに昨年度はこうでした。
2007年度 年間オススメ書籍ランキング フィクション部門
■1位 悪人
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005037.html
事件をめぐる関係者ひとりひとりに対して、ドキュメンタリ風に、強いスポットライトを当てていく。ストーリーもいいが、それ以上に、各章で人物が入れ替わる一人称による内面描写が魅力なのだ。人物デッサンの積み重ねによる厚みがすばらしい作品だと思う。そこにたちのぼる「人間の匂い」にむせかえる。
■2位 赤朽葉家の伝説
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005047.html
昔の話ほど強烈で面白い。思い出話や昔話は時間の経過とともに、淘汰され、デフォルメされて、伝説や神話になるからだ。だから、この作品では、未来を透視する力を持つ祖母が主役の、第一部「最後の神話の時代」が最も印象的である。現代に近づくにつれて次第に平凡な物語になっていくのだが、その物語性の時間に対する遠近感が、この作品の最大の魅力だと思う。時代のパースペクティブが開けていくにつれて、過去の意味が大きくなっていく。第二部のタイトルは「巨と虚の時代」とつけられているが、いつの時代も祖先の時代は、生きる意味に溢れた激動の時代だったようにに見えるものなのではないだろうか。
■3位 真鶴
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004871.html
「歩いていると、ついてくるものがあった。まだ遠いので、女なのか、男なのか、わからない。どちらでもいい。かまわず歩きつづけた。」。この最初の一行にぞくっとして、これはひきこまれてしまうぞと確信した。なかなか書けない見事な書き出しであって、トンネルを抜けるとそこは雪国だった、級である。ついてくるものは憑いてくるものであるという、そういう異界ものの話である。すうっと異界にひきこまれて2時間半で読み終わり、無事、こちらがわへ戻ってくることができた。
■4位 「悪童日記」「ふたりの証拠」「第三の嘘」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004896.html
「悪童日記」で右からガツーンと殴られ、「ふたりの証拠」でさらに左からグワンときて眩暈がして、「第三の嘘」のアッパーカットでノックダウンされる。2作目、3作目と連携プレーが効く。ガンダムにたとえるとドムのジェットストリームアタックを喰らったようなインパクトである。これは必ず3作続けて読むべきである。
■5位 キリンヤガ
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004837.html
22世紀、アフリカのキクユ族の末裔たちは、民族の伝統的価値観を追い求め、ユートピアを築くために地球を離れ、惑星改造技術で作られた新天地キリンヤガへと移住した。人々は現代のあらゆる知識や技術を捨て、厳しい自然の中で、古の掟を守って暮らす。全能の祈祷師としてコミュニティに君臨するコリバは、理想の社会を維持するために苦悩する。
■6位 凍
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005118.html
東京ー名古屋の新幹線で読んだ。往路でも復路でも物語の中に心は引き込まれて、気づいたら目的地だった。沢木耕太郎の傑作。登山家の山野井泰史・妙子夫妻が2002年に体験した、壮絶なヒマラヤ登山のドキュメンタリ小説である。このふたりはテレビや新聞で紹介されているのを見たことがあった。夫妻は手や足の指を、何度も凍傷で失っている。妙子夫人は両手両足で合計18本を切断しているそうだ。常人であればそれだけで大変な障害で、日常生活にも支障をきたすと思うのだが、彼らは困った風にさえ見えない。その後も難しい登山に積極的にチャレンジしているのだ。どうなってるの?と不思議に思った記憶がある。
■7位 吉原手引草
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005110.html
第137回直木賞受賞作。吉原で全盛を誇った花魁が突然、謎の失踪を遂げる。当時の状況を解明するため、主人公は引手茶屋、遣手、床廻し、幇間、女衒、女芸者など17人の関係者を一人ずつインタビューして回る。それぞれの身の上話にも話は及んで、吉原の人間模様の中に、失踪事件の真相が浮かび上がってくる。
■8位 高熱隧道
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005198.html
昭和42年に出版された吉村昭の傑作。昭和11年から15年にかけて行われた黒部ダム第三発電所の難工事を、綿密な取材と調査で再現したドキュメンタリ小説。建設予定地は地元民でも近づかない険しい山奥であることに加えて、温泉湧出地帯で岩盤温度は165度にも達する。その超高熱の地下にダイナマイトを持った人間が入っていってトンネルを掘る。過酷な作業環境に加えて、厳しい大自然の脅威が彼らを襲う。
■9位 青い鳥
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005135.html
重松清、学校を舞台にした8本の短編連作集。傑作。選択国語の臨時講師、村内先生の短期赴任先は、いじめや自殺、学級崩壊や児童虐待などの問題を抱えた問題クラスばかりである。吃音でうまくしゃべることができない先生は、最初の授業から好奇の眼で見られ、からかわれて、迷惑だとまで言われる。だが、村内先生は、多くをしゃべれない代わりに、生徒に寄り添い、たいせつなことだけを話す。孤独な先生だからこそ、孤独な生徒に語りかけることができる。
■10位 邂逅の森
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005050.html
「秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。」
■特別賞 神聖喜劇 漫画ですが。
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/005096.html
超弩級の絶対的な傑作。大西巨人の小説「神聖喜劇」の完全漫画化。こんな物凄い作品があるとこれまで知らなかったのが不覚であった。全6巻を夏休みに読破。読者を選ぶ作品だが、以下の概要で興味のある人にはおすすめである。
■特別賞 宇宙のランデヴー 1,2,3,4の全2700ページ超に対して
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004864.html
・宇宙のランデヴー2(上)(下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004872.html
・宇宙のランデヴー3〈上〉〈下〉
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004873.html
・宇宙のランデヴー4 〈上〉 〈下〉
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004874.html
この作品の発表は1973年で、私が和訳を文庫で読んだのはもう20年前になる。当時は読み終わったあとしばらく絶句してしまうような衝撃的な体験だったことを覚えている。そしてこの本がきっかけでSF小説を読むようになった。私にとって特別な本である。
この正月に、はまっているモノとして世界最古の電子楽器テルミンがある。
この号は世界最古の電子楽器テルミンが付録としてついてくる。うっかり発売日に買い逃してしまい、ネット書店で予約していたところ年末になってやっと入手できた。15分くらいかかって説明書のとおり組み立てるとこんな感じなる。
演奏者はアンテナ部分の15センチ近辺に、手をかざして、微妙に動かし、音程を変えることで楽曲を演奏する。音程は簡単に変わるのだが思い通りに制御することは、評判どおりとても難しい。
模範演奏にと思って有名な奏者Clara RockmoreのアルバムCDを買った。クラシックやジャズの名曲を「テルミンの女王」が演奏する。怪しさ満載のジャケットが一目見て素晴らしいわけだが、演奏はまともに感動した。
・Clara Rockmore's Lost Theremin Album
楽曲リスト:
Liebesleid
Air for Violin and Harpsichord in B minor
Humoresque in F sharp major, B 138
Concerto for Theremin: Pastorale
Ellens Gesang III, D 839/Op. 52 no 6 "Ave Maria"
Nocturne for Piano in C sharp minor, B 49
Requiebros
Concerto for Harpsichord in D minor, BWV 1052: 2nd movement, Arioso
Bachiana brasileira no 5 for Soprano and 8 Cellos
Suite for Orchestra no 3 in D major, BWV 1068: Air
Midnight Bells
Melodies hebraiques (2): no 1, Kaddisch
Porgy and Bess: Summertime
Water Boy
Estrellita
La vie en rose
バイオリンと女性のソプラノの歌声中間のような音。電子音というのは変化に乏しくて飽きやすいものだと思っていたが、テルミンの無音階な電子音はとてもアナログで豊かな響きをする。
・YouTubeにあがっている女王の演奏。
私の早く演奏できるようになったら映像をYouTubeにアップして見たいものである。来年の正月を目指して特訓か。
・バーチャル・テルミン
http://theremin.asmik-ace.co.jp/THEREMIN7.html
Webでテルミン演奏ができる。
箱根駅伝復路を応援にでかけました。昨日は望遠レンズを持ち出して失敗したので、今日は標準ズームで連射した写真をトリミングで拡大してみたら、ばっちり。早稲田大学は私の目の前を通過時点では一位だったのですが...惜しくも...。いやいや来年に期待できてツイてる!。
お正月のポッドキャスト3日目で最終日。
http://blog.dhpodcast.com/article/9072182.html
今日の話題はPassion For 2008。Wikipediaで2008年の項目を眺めながら雑談した後で、3人が2008年の抱負を語ります。
昨年末に「俺と100冊の成功本」の聖幸さん@青森から、ダンボールにいっぱいのリンゴをいただきました。ツキを自らの手でつかみとる年にしたいですね、をイメージにしてみました。
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新春ポッドキャスト 2日目 「ツイてる!ポッドキャスト2008」
お正月も二日目。
例年通り箱根駅伝を応援にでかけました。昨年のこどもの運動会用に買った望遠レンズで選手を大きく撮ろうと思ったのですが、ランナーが速すぎて、スポーツモードでもまともに撮れず。明日また復路でリベンジです。
・「ツイてる!ポッドキャスト2008」 2日目
http://blog.dhpodcast.com/article/9034576.html
ポッドキャストの今日の話題は、たつをさんが司会進行で、3人のブログで2007年中に人気のあった記事、人気のあった本を紹介しています。収録時に3人でツイてる写真を撮ろうということになり、「誰でも紫色の何かを口に押し付ける」でそろえました。ジェネレーターを使うと誰でも同じ写真を合成できます。
・誰でも紫色の何かを口に押し付ける事が出来るGeek Face Ganerator
http://geekface.blogdb.jp/
今年も収録にはデジタルハリウッド大学放送部の力を借りました。1月1日から3日まで毎日放送です。
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明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。
今日は江ノ島神社に初詣に行ってきました。思ったよりも人が少なくて、ゆっくりとお参りすることができて、いきなりツイてました。
このブログの読者のみなさんにとっても2008年が素晴らしい年になりますように。
さて、今年も例年通り(3年目!)、このブロガー3人で、ネットラジオ「ツイてる!ポッドキャスト新春2008」を3日間放送します。第一日目の内容はそれぞれの「2007年のこれはツイてた!」ベスト3の発表です。
Passion For The Future 橋本
×
俺と百冊の成功本 聖幸氏
http://blog.zikokeihatu.com/
×
たつをのChangelog たつを氏
http://nais.to/~yto/clog/
・デジハリ大学放送部 ダウンロードはここから。
http://blog.dhpodcast.com/article/9014691.html
今年も収録にはデジタルハリウッド大学放送部の力を借りました。1月1日から3日まで毎日放送です。
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