日本語の源流を求めて
日本語タミル語起源説の大野晋が研究の集大成を一般人向けに平易にまとめた新書。
「北九州の縄文人はタミルから到来した水田耕作・鉄・機織の三大文明に直面し、それを受け入れると共に、タミル語の単語と文法とを学びとっていった。その結果、タミル語と対応する単語を多く含むヤマトコトバが生じたのである。」
日本語とタミル語は文法も単語も共通点が非常に多い。物の名前が同じというだけならば、そういうこともあるかなというレベルなのだが、「やさしい」「たのしい」「かわいい」「にこにこ」「やさしい」「さびしい」「かなしい」などの感情を表す言葉までほぼ同じなのである。
さらには日本的情緒の代表格「あはれ」までタミル語に同義でみつかるのだ。五七五七七の韻律を持つ詩もタミル語にある。日本固有と感じられるものが実は南インドからの伝来のものであったというのは衝撃である。
たんぼ、あぜ、うね、はたけ、あは、こめ、ぬか、かゆなどの水田耕作に関係する設備や労働の呼び方も共通している。著者の現地調査によれば、似ているのは言葉だけでなく風俗習慣もまたそうであった。タミルには注連縄や門松まである。
7000キロ離れた南インドから、紀元前1000年頃、タミル語は日本に海路で上陸し、それまでの縄文の言語と融合したという。「タミルと日本とその二つの言語が接触し、文明の力の差によってヤマト民族が文明的に強かったタミル語の単語五〇〇(私の調べた限り)を自己流の発音で覚え、さらに文法も覚え、五七五七七の歌の韻律や係り結びなどまで取り込んだ。」
遠く離れた二つの言語で偶然ここまで単語や文法、背景の文化が一致するとは考えにくい。日本語研究において、タミル語起源説は比較的新しい学説のひとつに過ぎないが、この本にでてくる多数の共通点の例示を見ると、かなり確度の高い説なのではないかと思えてくる。
著者は今年で御年88歳。「私は日本語の過去を振り返り、文献以前の日本語を求めようと努めたが、それにはおよそ一生を要した」と最後に書いている。この本は学者が生涯をかけた研究の最終章ダイジェストなのである。
・日本人の神
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003868.html