みんな、気持ちよかった!―人類10万年のセックス史
「身体という観点からみれば、オルガスムは男女いずれの性にとっても、パンツのなかでの一瞬の快感にすぎない。男女を平均したその長さは一回に十秒ほど。週一〜二回という性交の平均回数からして、大半の人は週にわずか二十秒、月にして一分かそこら、年に合計十二分のオルガスムを体験していることになる。性交可能とされる年数を限りなく楽観的にみて五十年とすると、われわれはそのあいだにおよそ十時間、マスターベーションにとりわけ熱心な人であればおそらく二十〜三十時間、オルガスムを楽しめると考えていい。」
かりに人生を70年とすると時間にして6000時間程度である。そのうちの、たった20〜30時間の快楽を追求して、人間は膨大な労力を投じる。誰とするかという性選択の積み重ねによって、人類は淘汰されて種として進化する。意識的にせよ無意識にせよ、性衝動に影響された人々の判断が歴史を動かしていく。
この本はひたすらセックスの話題によって、人類の10万年の歴史を物語る。セックスの普遍性とバリエーションの豊かさに驚かされる。古今東西のあらゆるところにセックスの話題が見つかる。
・孔子は五日に一度のセックスを推奨した
・342年、アナルセックスとオーラルセックスは非合法化された
・性欲を断つため、指を焼き落とした神学者たち
・エジプトのファラオは川に向かって自慰をした
・ポンペイの壁画に似こる生々しい3Pシーン
・帽子に女の陰毛を飾るロンドンのメンズファッション
・マリーアントワネットはあそこの「道が狭すぎた」
・宇宙空間で試された二十の体位
第二部の各章では古代から現代までを時代別に、歴史学、生物学、人類学、心理学、社会学的な観点での特徴がまとめられている。各時代のセックスに対する道徳的な位置づけや、性生活の実情、流行の技巧、性をめぐる事件など、トリビア的なトピックが大量に時系列で語られる。時代や社会によって変わるものと変わらないものがある。
たとえば「火はたちまち燃え上がるが、水によってたちまち消える。水は火にかけて温まるのに時間がかかるが、冷めるのもゆっくりだ」と紀元前11世紀の易経には書かれている。男=火、女=水として両性ののオルガスムの違いについて述べた部分だが、同様の分析が古代ギリシアにもあった。セックスが気持ちよいということと、気持ちよさの内容は古今東西を通じて不変であるようだ。
今の世界があるのは、男と女がオルガスムを追求して、ヤり続けたからであって、それ以外の原因ではないのだとも言える。セックスは、歴史を一本の線で結ぶことができるほとんど唯一の要素である。そう考えてみると、このセックス史というのは案外、正統な歴史の記述形なのだ。