文盲 アゴタ・クリストフ自伝
悪童日記の三部作で知られる作家アゴタ・クリストフによる100ページの短い自伝。作品内では抽象化、匿名化されていた出来事や登場人物の多くは、少女時代の具体的な体験に起因するものだったことが次々に明かされる。
アゴタ・クリストフは、母国ハンガリーから21歳の時に、難民としてスイスへ亡命して定住し、そこで出会ったフランス語で作品を発表してきた。叙情的な記述を徹底排除して、事実を淡々と客観的に書く彼女の文体は、母語ではない言語で書く作家だからだと言われているが、自身は以下のように語っている。
「わたしはフランス語を三十年以上前から話している。二十年前から書いている。けれども、未だにこの言語に習熟してはいない。話せば語法を間違えるし、書くためにはどうしても辞書をたびたび参照しなければならない。そんな理由から、わたしはフランス語もまた、敵語と呼ぶ。別の理由もある。こちらの理由のほうが深刻だ。すなわち、この言語が、わたしのなかの母語をじわじわと殺しつつあるという事実である。」
「もし自分の国を離れなかったら、わたしの人生はどんな人生になっていたのだろうか。もっと辛い、もっと貧しい人生になっていただろうと思う。けれども、こんなに孤独ではなく、こんなに心引き裂かれることもなかっただろう。幸せでさえあったかもしれない。確かだと思うこと。それは、どこにいようと、どんな言語であろうと、わたしはものを書いただろうということだ。」
この本のタイトル「文盲」というのは、母語のようには決して使えない外国語で書くことを運命づけられた自身の姿を指している。微妙なニュアンスをうまく伝えることができなくても、感動の物語を書くことができるというのが驚きである。
あとがきで訳者がアゴタ・クリストフの近況を書いている。彼女は書くべき大きなテーマをすべて三部作に書いてしまったので、既に高齢であるし、もはや新しい大作は期待できないのではないかという。
・「悪童日記」「ふたりの証拠」「第三の嘘」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004896.html
・「昨日」「どちらでもいい」
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004928.html