邂逅の森
「秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。」
一言でいえばこれはレゾンデートル(存在理由)についての物語である。読者の90%は感動することうけあいの傑作である、と思う。だから、あまり内容についてこまかく説明したくないのだが...。
唐突であるが「アンパンマンのマーチ」って歌をご存じだろうか。これがよく聞いてみると、とてもじゃないが幼稚園生向けとは思えない深遠な人生哲学の歌である。歌詞の重さを意識するようになってからというもの、この歌がかかるのを聞くたびに、自分のレゾンデートルについて考えさせられてしまうのである。
たとえば1番の歌詞はこうである。
「「アンパンマンのマーチ」
作詞:やなせたかし 作曲:三木たかし 編曲:大谷和夫
そうだ、うれしいんだ生きる喜び
たとえ胸のキズが痛んでも
なんのために生まれて、なにをして生きるのか?
答えられないなんて、そんなのはイヤだ
今を生きることで、熱い心燃える
だから君は行くんだ微笑んで
そうだ、うれしいんだ生きる喜び
たとえ胸のキズが痛んでも
ああアンパンマン
やさしい君は 行け みんなの夢守るため」
幼い子供にいきなり「生きる喜び」「胸のキズ」とは、作詞者やなせたかし恐るべしである。これ何百回も聞いて育つ子供は、そのときは意味がわからなくても、ある種の生き方、価値観について刷り込まれているに違いない。好き嫌いありそうだが、メッセージソングとして、アコースティックギターで静かに弾き語りをしたら、かなりかっこいいのではないかとさえ思える。
現実には「なんのために生まれて、なにをして生きるのか?」は、かなり生きてからでないと、わからない。しかし、人間はそれがまだわからない若い時期に、人生の重要な選択を迫られる。だからいろいろなことがうまくいかない。選択の幅が狭かった時代にはなおさらであった。
この小説の登場人物たちは、思うようにはならない人生を、それぞれに必死に生きながら、レゾンデートルを探している。それは職業にかける情熱であったり、愛や嫉妬であったり、友情であったり、山の信仰であったりする。ひとりのマタギの男の物語の上に、いくつものレゾンデートルが強烈に衝突して、次々に熱いドラマが生まれていく。
本物の人生の物語を読みたい人、おすすめ。