考えることの科学―推論の認知心理学への招待
抽象的で形式的に表現された問題と、具体的で日常的に表現された問題。どちらが解きやすいだろうか。普通に考えれば後者の方が易しそうだが、必ずしもそうではない。この本では、こんな古典クイズが引用されている。
「坂道を荷車で重そうな荷物を運んでいる二人がいた。前で引いている人に「後ろで押している子どもは、あなたの息子さんですか」と聞くと「そうだ」という。ところが、その子に「前にいるのは、あなたのお父さんですか」と聞いたら「違う」というのである。いったいどういうことなのだろうか」
これは前で車を引いているのが母親であると考えられれば何もおかしなことはない。しかし、荷車を引くのは普通は男の仕事だという思い込みがあると、混乱してしまう。同じ問題をXやYで表していたら、混乱は少なくなるだろう。
「ある街のタクシーの15%は青で、85%は緑である。あるときタクシーによるひき逃げ事件が起きた。一人の目撃者の証言によると、ひいたのは青タクシーであるという。ところが現場は暗かったこともあり、目撃者は色を間違えることがありうる。そこでこの目撃者がどれくらい正確かを同様の条件下でテストしたところ、80%の場合は正しく色を判断できるが、20%の場合は逆の色を言ってしまうことがわかった。さて、証言通り青タクシーが犯人である確率はどれだけだろうか。」
正解はベイズ理論で41%だが、多くの被験者が80%に近い回答をしてしまうそうである。人間の直感は事前確率を無視する傾向があるという。たとえば珍しい病気の症状に、自分や患者の症状が一致すると、その病気だと思い込んでしまうということがある。「典型的な症状であるが、まれな病気」よりも「典型的症状とはいえないが、よくある病気」の可能性の方が高いのに。
上のような、ひっかけ問題も落ち着いて考えれば、多くの人が正解できるはずだが、日常の直感的判断では、領域固有の実用的推論スキーマや、ヒューリスティックス(経験から学んだうまいやり方)が使われるが故に間違うことが多いと著者は述べている。
人間の日常的な推論は、認知的な制約や感情的な要因が入っていて合理的といえない結論をしてしまうことがありがちだ。著者は多くの実例を出しながら、人間の認知の欠陥を指摘していく。簡単な論理式や図を使って、わかりやすく且つ厳密に説明してくれるので、読みやすくて勉強になる。とても面白かった。