写真のワナ
「もし、あなたの写真が何かのミスで凶悪犯と間違えられて新聞やテレビ、雑誌に発表されたらどうなるであろうか。顔写真というのは見る人が「いかにも」という心理でそれを見ると、その顔写真は「いかにも」というように見えるのだ。試みに、あなたやあなたの身近な人の顔写真を切り抜いて新聞に貼ってみよう。誰もが、いかにも「それらしき顔」のイメージに見えてしまうから」
1976年、マニラ国際空港でハイジャックされた日航旅客機のコックピットに、ぬっと現れた顔が撮影され「犯人」としてマスコミに報道された。実はこれは機長の顔で、事件後、本人がカンカンに怒って抗議したそうだ。歴史的な大事件でも写真の誤報道は数多い。
戦後、20年ほど前まで広島の原爆キノコ雲として教科書にも掲載されていた写真は、実は長崎の原爆のものだったそうだ。長崎の方が外観がキノコ風で印象が強かったので、いつのまにか入れ替わってしまった。
1972年、沖縄返還時に新聞には「佐藤さん、感涙、これで”戦後”は終わった」というキャプションの写真が掲載された。ところが佐藤元首相はもともと目が悪く、国会審議中もよくハンカチでめをこする人なのであった。
かつてのソ連では政争に敗れた政治家は、集合写真から姿を消した。写真の修正技術でその姿が消されてしまうのである。当時の政治アナリストは、写真から誰が消されて誰が中央に写っているかで、ソ連の国内政治の動きを推測したという。
この本にはそうした写真によるマスメディアの情報操作の事例がたくさん解説されている。写真の実物も紹介されていて、ビジュアルに戦後史の闇をのぞけるようになっている。出版当時、傑作ベストセラーであったようだが、今読んでも素晴らしく面白い。いや、むしろ写真情報操作は現代の方が危険性が高くなっているはずだ。
この本の旧版の初版は、1984年なので写真技術は当時と比べて飛躍的に進歩した。最近のデジカメやレタッチソフトは当時の諜報機関が情報操作に使ったような、合成技術を簡単に使えるようになった。
たとえば、このフォトアルバムサービスには、ツアーリスト・リムーバー(旅行者除去機能)が搭載されている。
・SnapMania Tourist Remover
http://www.snapmania.com/info/en/trm/
人気の観光地で撮影した写真にはどうしても旅行者が映りこんでしまう。そこでこのサービスに2枚の写真をアップロードすると、旅行者が映っている部分と写っていない部分を合成して、旅行者がいない写真を作り上げてしまう。旅行者を消した部分を手で描くわけではないので、自然に仕上がる。
写真は撮るものだが、同時に作るものになった。画像処理にはもうスーパーコンピュータは要らない。普通のPCがあれば写真のワナは誰でも仕掛けることができる。この本の全面改訂版が出されている意義は大きい。