人類と建築の歴史
東京大学教授の建築学者が、人類が建築を生みだした起源について大胆な仮説で迫る本。中学、高校生向けにルビつきで平易に書かれているが、人間の精神性と建築の関係について深く考えさせられる内容である。20世紀に入ってからの近代建築史は最後にわずかに記述があるだけで、90%は古代建築について語っている異色の構成。
時代が下るにつれて建築は地域ごとに多様化してしまうので人類共通の建築の歴史と呼べるものは数千年前でしか論じられないと著者は考えたようだ。宗教と建築の関係について特に詳しい。
日本の最高神、アマテラスは太陽神である。高さ48メートルあったと言われる出雲大社はなぜその高さになったのか。出雲大社の周囲には30数メートルの杉の森があった。それより高くすることで天上世界との境界をつくりたかったのではないかと著者は考えている。中心には太い柱があるが不思議なことに屋根を支える構造になっていない。この柱は王者の亡骸を安置し、その魂を天上へ発射するための呪術的装置の意味があった。太陽神を信仰する他の巨石文化のスタンディングストーンと同じ役割を果たしていたのではないかと著者は論じる。
ストーン・サークルやピラミッドはなぜつくられたのか、など古代の建築物についてとても詳しく考察されている。写真も多い。考古学的にはそれらの起源はまだ不明であるはずだが、著者は古代人の心理を想像し、説得力ある仮説を物語る。
たとえば新石器時代に家が出現したことについて、
「久しぶりに見た家が昔と同じだったことで、今の自分が昔の自分と同じことを、昔の自分が今の自分まで続いていることを、確認したのではあるまいか。自分はずっと自分である。人間は自分というものの時間的な連続性を、建物や集落の光景で無意識のうちに確認しているのではないか。新石器時代の安定した家の出現は、人間の自己確認作業を強化する働きをした。このことが家というものの一番大事な役割なのかもしれない。」
どういうことを考えて建築をつくったか、ということと同時に、そういう建築に住まうとどういうことを考えるようになるか、というフィードバックの視点は有意義である。人々のニーズで建築が生まれるが、建築は人々の精神に影響を及ぼすものでもある。そして、インターネットという新しい建築が、そこに住まう人に影響を及ぼしているのだなあ、と思う。