脳は空より広いか―「私」という現象を考える
ノーベル医学・生理学賞を受賞したジェラルド・M・エーデルマンが、クオリアと意識の科学に迫る。
脳はプログラムにしたがって動くコンピュータとは異なる。外界の情報を入力として受け取って、生存のために行動を最適化していく単純なフィードバック機械でもないと著者は述べている。
「再入力」はこの理論のキーワードである。
「再入力とは、いくつもの脳領域を結びつける並行的、同時進行的な信号伝達であり、行ったり来たりくり返し行われる信号のやりとりである。そしてこのやりとりによって、別々の脳領域の活動が時間的および空間的に協調するというわけだ。よく引き合いに出される「フィードバック」は出力された信号が出力元に戻ってきて、その間にエラー調節をするという単純なループ内の順次的な伝達であるが、再入力はそうではない。並列的、双方向的なたくさんの経路が関わった再帰的な伝達方式であり、あらかじめ決められたエラー修正機能はついていない。
こういった動的なプロセスが遂行される結果、脳のいろいろな場所で起きているニューロン活動が広範囲にわたって「同期」する。これによって機能的に異なったニューロン活動がひとつにまとまり、全体として意味をなす出力が可能になる。」
私の理解では、発生選択と経験選択によって脳にかなり複雑なシナプスの結合ができて、その複雑さの上を流れる信号が響きあってコヒーレントな状態を刻々とつくりだす。そのマクロな状態が意識のプロセスであるということらしい。ダイナミックコア仮説という。
「複数の領域が、再入力という再帰性の信号伝達で行う相互作用」は、瞬間的に、特定の出力を持つ回路を構成する。次の瞬間、この回路は消滅するが、前と同じ働きをする新しい構造の回路を構成し、同じ出力をする。これによって別々の場所にある複数の知覚機能を統合し、一貫した知覚像を維持することができる。
この仮説では、脳の機能局在や司令官(ホムンクルス)の存在を必要としない。神経ダーウィニズムと呼ばれる神経細胞淘汰の仕組みによって意識が生まれるように調整されていく。なぜ意識が必要なのかといえば、意識があったほうが個体の生存確率が高まるからだ。
脳と意識の関係については併立関係であると答えている。ある脳の状態(C´)が、ある意識(C)をもたらすのは、C´がCを識別するのに必要なプロセスになっているからだという。だからC´には必ずCが伴うわけだが2つの結びつきは強いので、随伴現象というのではなくて、CはC´の特性とみなすというのが併立の理論である。そしてC´なくしてCは識別できないのだから、有名な哲学的ゾンビの問題は、そもそも問題として成立し得ないと退けている。
この本には意識のメカニズム、心身問題について統合的な理論が述べられている。とても刺激的。ただし、内容は一般向けだが高度なので、予備知識として何冊か、クオリア関係の本は読んでから挑戦することをおすすめ。