告白
あまりに面白すぎて危険なため、盆暮れ正月連休中に読むことをおすすめします。
明治時代に起きた、実際の大量殺人事件「河内十人斬り」。幼子まで含めて10人を惨殺する残虐事件でありながら、熊太郎・弥五郎の復讐劇は、盆踊り「河内音頭」のテーマとして歌い継がれてきた。
この小説「告白」は、ひとづきあいが苦手で、性根が駄目人間の城戸熊太郎が、なぜ村人を恨み大殺戮に至ったのかを、生い立ちから綴った独白である。
「
安政四年、河内国石川郡赤阪村字水分の百姓城戸平次の長男として出生した熊太郎は気弱で鈍くさい子供であったが長ずるにつれて手のつけられない乱暴者となり、明治二十年、三十歳を過ぎる頃には、飲酒、賭博、婦女に身を持ち崩す、完全な無頼者と成り果てていた。
父母の寵愛を一身に享けて育ちながらなんでそんなことになってしまったのか。
あかんではないか。
」
こんな出だしで始まる700ページ近い長編。
凶悪犯の恨みつらみの話でありながら、あっけらかんと明るい調子の関西弁で、数十年間の転落人生が物語られる。根から悪い男ではなかった。こども時代の事件に端を発する、心のボタンのかけちがえみたいなことが、次第に世間との溝を拡大していき、破滅へと熊太郎をおいやっていく。
ま、ストーリーはそんなかんじで、ほかにもいろいろあるが、実はどうでもよかったりする。この作品の本当の面白さは文体にあるのだから。著者の芥川賞作家 町田康は、パンクロックアーティストの町田町蔵なのでもある。語りかけるノリが、パンクのシャウトであり、ロックのビートであり、読者をリズムに酔わせるのである。それは、読書を止められなくなるくらい強烈なドライブ感なのである。
驚いたことにこの長い小説、最初から最後まで章立てとか見出しが一切ない。段落ぐらいはあるが、ひたすら区切らないで、延々続いているのである。熊太郎が頭の中で考えたことをすべて語り口調で書き出している。
熊太郎はかなりの駄目人間だが、誰だって駄目駄目な部分は持っているから、読者はそのうち自分と似た駄目なところに共感してしまう。思考をうまく言葉に表現できないもどかしさ、面倒を嫌って流されてしまう怠惰な性格、大きく見せようと思う虚栄心。そういうものに同情しているうちに、自然と読者は、なぜ殺人鬼が生まれたか、不条理ではなく、道理で、理解する。
すると、ときどき、この殺人鬼にエールを送りたくもなる。
そんなどっぷりヘンでオモシロな作品である。
町田康は、本作品で谷崎潤一郎賞を受賞。