わたしを離さないで
出版社の紹介文を引用。
「
自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に......。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点
」
「施設」で暮らすキャシー、トミー、ルースの生活は、一見のんびりした普通の子ども時代のようで、なにか様子が違うのである。彼らには知らされていないことがあるのだ。施設は何のために作られ、なぜ彼らはそこで育てられるのか。
彼らも読者も同じように、知らされることを集めて、知らされないことを漠然と想像して自分なりの理解を得る。物語は少女キャシーの視点で語られるので、終盤までその想像が本当なのかどうかはわからない。
全てを知るものの目で見れば、そうした想像は他愛もない空想に過ぎないかもしれない。だが本人達にとっては、生きていく上で、それが精一杯の手にした真実だ。隠されている残酷な現実をはっきりとは知らされないまま、大人になる子供たち。それは、キャシーたちだけではなく、私達自身の人生の普遍を描いているような気がする。
日系の英国人作家カズオ・イシグロの名を世界的に知らしめた「日の名残り」(ブッカー賞受賞作)の深み、格調のある文体と緻密な構成力が、この作品でも活かされ、単なる奇談に終わらせない。多様な解釈の道を読者に開いている寓話、という読後感。
人は少しずつ世界を知る。そして十分に知ったつもりになる。本当は何も知らないのに。知ったからといって変えられない運命は使命として引き受ける潔さ。そういう人の生き方を問うのが、著者の意図かなとまず思ったが、まったく異なる読み方が何通りもできる小説でもある。違う読み方なら違うメッセージを読める。
読んだ人と語り合ってみたい小説である。
この作品は発表直後に雑誌「タイム」が選ぶ1923年から2005年の約80年分の作品を対象にしたオールタイムベスト100に選ばれた。ニューヨークタイムズ他で2005年度ベストブックに選ばれる。邦訳は2006年の春で、日本でもどこかで今年の年間ベストに入りそうな予感である。