ツ・イ・ラ・ク
雑誌ダカーポの「眠れないほど面白い本」特集号で恋愛小説第一位で絶賛されていたので、姫野 カオルコ、はじめて読んでみた。いい。とても良かった。
「忘れられなかった。どんなに忘れようとしても、ずっと」
これはリアルで純粋な恋愛の話だ。14歳の少女が新任の若い教師と恋に落ちる。主人公はすこし大人びているけれど、中学生である。じゃあドラマ「高校教師」みたいかというと、違う。ひたすらに燃え上がって心中してしまうような綺麗なだけのファンタジーではない。
舞台は関西のどこか田舎の、これといって特徴のない場所。ストーリーは主人公の小学生時代から始まる。女子グループの初歩的な派閥形成と心理葛藤。好きな男子は誰かを白状させ告白するゲームと、秘密の交換日記。横浜からやってきた都会の香りの転入生。相合傘の落書き騒動。
原稿用紙950枚の長編小説だが、最初の3分の1はそんな具合で、肝心の二人の話は主人公が14歳になるまで、一向に始まらないので恋愛小説だと思って読み始めた読者はやきもきさせられるが、作者は、主人公の森本隼子が少女からオンナになるまでの形成過程をゼロから読ませたかったのだと思う。その仕掛けは成功している。
無垢ではないが、スレてもいない。細いけれど自分なりの芯を持って、現実的な捉え方をする女の子。主人公の生い立ちをなぞるうちに、自然に彼女の等身の姿に読者はなじんでいく。そんな頃合いに男性教師は赴任してくる。長い前戯としての前置き。そこから恋愛物語の本編が始まる。
エロチックで淫らな小説でもある。セックス描写そのものよりも、人目を忍んでまさぐりあうような抑制されたシーンの記述がなまめかしい。ツ・イ・ラ・クする男と女。それを取り巻く複雑な人間模様。敢えて前半を冗長に描いただけあって、登場人物に存在感があり、魅力的に感じられる小説だ。
これ以上は内容について書かない。
少年少女時代のの心理を少し突き放して、大人の視点からナナメに総括する作者の文体が、物語の進行にうまいアクセントを効かせている。所詮は若い頃の恋愛なんて、と構えて話すようでいて、帯にあるような「心とからだを揺さぶる一生に一度の恋」を書き上げているのが、うまいと思う。