パイの物語
2002年度ブッカー賞受賞作。
「1977年7月2日。インドのマドラスからカナダのモントリオールへと出航した日本の貨物船ツシマ丸は太平洋上で嵐に巻き込まれ、あえなく沈没した。たった一艘しかない救命ボートに乗り助かったのは、動物たちをつれカナダへ移住する途中だったインドの動物園経営者の息子パイ・パテル16歳。ほかには後足を骨折したシマウマ、オラウータン、ハイエナ、そしてこの世で最も美しく危険な獣ベンガルトラのリチャード・パーカーが一緒だった。広大な海洋にぽつりと浮かぶ命の舟。残されたのはわずかな非常食と水。こうして1人と4頭の凄絶なサバイバル漂流が始まった...。生き残るのは誰か?そして待つ衝撃のラストシーン!!文学史上類を見ない出色の冒険小説。」
まさに世界文学と言えそうな傑作だった。
私達はなんらかの神や、なんらかの物語を信じる。少年は漂流する救命ボートの上で、人を喰うトラと向き合う。食糧も底をついた極限状態であるが、気を抜けばトラに自分が喰われてしまう。調教師のようにトラに対して優位を保つ努力をする一方で、喰われぬようにエサも与える。トラは少年にとって、敵であり友であり、そして神であり、人生でもある。トラと自分の物語を信じることで、また1日を生き延びる。
語りの見事さ、哲学の深さ、ともに見事な完成度。表紙のポップなデザインや動物モノ、冒険小説風の作品紹介に騙されてはいけない。物語は最初は、緩やかに少年の成長物語としてはじまるが、漂流する中盤以降で、人間の心の闇を暴き出すきわどさを見せ始める。加速感がたまらない。
この作品は当初、「シックスセンス」のM・ナイト・シャマラン監督が映画化をする予定だったが、シャマランが別の映画に専念するために降り、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」のアルフォンソ・キュアロン監督が手がけることになったが、こちらも途中で降板し、結局「アメリ」のジャン=ピエール・ジュネ監督に決まったらしい。
物語の構成からするとシャマランが適任だったように思われるが、幻想的な作風のジュネ監督にも期待できる。日本公開が楽しみ。