人類が知っていることすべての短い歴史
面白い教科書がないと考えたベストセラー作家ビル・ブライソンは3年間をかけて、多数の科学者に取材し、世界の成り立ちすべてを、わかりやすく説明してみせた。677ページもあるので持ち歩いて電車で読むには重い。寝床で寝転がりながら、少しずつ、大切に読み進めた。読む価値のある科学史の名著。
ビッグバンによる宇宙の始まりから、地球が誕生し、生命が生まれ、進化し、人類が誕生するまでの百数十億年の歴史が30章で語られている。各章には最新の科学でわかっている事柄と、それを解明した科学者のドラマが詰まっている。
一般読者向けのわかりやすい要約が素晴らしい。たとえば、アインシュタインの特殊相対性理論の方程式 E=mc2についてはこんな風に説明している。
「
学校で習ったのを思い出す人もいるだろうが、方程式のEはエネルギー、mは質量、c2は光速度の二乗を表わす。ごく簡単に説明すれば、この方程式は、質量とエネルギーが同等であることを意味している。それらふたつは、異なる形態を取った同じものと言える。エネルギーは解放された物質で、物質は解放を待つエネルギーなのだ。C2は桁外れに大きな値だから、つまりこの方程式は、あらゆる物質に大量の───とてつもなく大量の───エネルギーが閉じ込められていることを示す。
」
どのくらい大量かの具体的な説明が続く。比喩でビジュアライズするのがうまい。
科学の授業らしく、本論を脱線して興味深い逸話をたくさんとりあげる。
「
今までに科学調査を目的に行われた現地調査のなかで、参加者同士が最も不仲だったものを選べといわれたら、1735年にフランス王立科学アカデミーが派遣したペルー調査隊を挙げておけば、まず間違いはない。水文学者のピエール・ブーゲと軍人で数学者のシャルル・マリー・ド・コンダミンに率いられてペルーに赴いた一隊だ。目的はアンデスを山越えしての三角測量。
」
地球の大きさを測るには、フランスで測っても同じなのに、そのほうが冒険的だからというだけの理由で、アンデスへ赴き、無為に10年を過ごした探検隊の話だった。科学者なのに合理的に振舞わない人たちのこうした悲喜劇は意外な発見につながったりもしていることを教えてくれる。
「知っていることすべて」を集めても、人類はまだ宇宙がどのようにして始まったのか、生命がどうして誕生したのかなどの大問題について、ほとんど答えることが出来ない。科学は最新の仮説を提供しているだけで、ある意味、神話と同じかもしれないと感じた。
「
事実、非常に基本的なレベルでさえ、わからないことがあまりにも多い。とりわけ不思議なのは、宇宙が何でできているのかという点だ。宇宙全体を維持するために必要な物質の量を科学者たちが計算すると、いつもはなはだしい不足が生じる。少なくとも宇宙の90パーセント、おそらく99パーセント近くが、フリッツ・ツヴィスキーの唱えた”暗黒物質”でできているらしい。
」
この本を読むと、最新の仮説集である近代科学の全体像が一望できる。分厚い本だが、科学の数百年分の要約であるから「短い」のだ。大変な満足感を味わえる一冊。おすすめ。
・ガリレオの指―現代科学を動かす10大理論
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002797.html
・ビッグバン宇宙論 (上)(下)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004613.html
・はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004230.html
・ホーキング、宇宙のすべてを語る
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004047.html
・奇想、宇宙をゆく―最先端物理学12の物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003562.html
・科学者は妄想する
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003473.html
・プリンストン高等研究所物語
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003621.html