象られた力
「惑星“百合洋”が謎の消失を遂げてから1年、近傍の惑星“シジック”のイコノグラファー、クドウ円は、百合洋の言語体系に秘められた“見えない図形”の解明を依頼される。だがそれは、世界認識を介した恐るべき災厄の先触れにすぎなかった…異星社会を舞台に“かたち”と“ちから”の相克を描いた表題作、双子の天才ピアニストをめぐる生と死の二重奏の物語「デュオ」ほか、初期中篇の完全改稿版全4篇を収めた傑作集。 」
2005年星雲賞 日本短篇部門を受賞した表題作を含む4つのSF作品集。
中学校の理科の時間に先生が「結晶は生物に似ています」という話をしていた。ある特定の形が集まると、自然に結合して、大きく複雑な構造をつくる。無生物が、形の力によって、まるで生きているかのように見える。形には力があるのだなと思った。
原子や分子だって形である。人間にとって致命的なウィルスや劇物は、その形が人体に作用するのだし、遺伝複製のDNAやRNAもそういう形をしているから、そういう働きをするのだ。
情報にも形があるかもしれない。情報の遺伝子と呼ばれる概念の「ミーム」もある種の形なのではないだろうかと思っている。人間社会の情報のやり取りの中で、強くて繁殖しやすい形のミームとそうでないミームがあり、形同士のせめぎあいの中で、強い形は生き残っていくものなのではないか。
表題作「象られた力」は、形と力がテーマのSF作品である。ある形のイメージがウィルスのように、人々の心を伝染していくことで、力を得る。遺伝子と同じように、形それ自体には意思も感情もないけれど、発現した力は人類に破滅的な影響を及ぼし始める。
「デュオ」は双子であるがひとつの身体を共有する奇形の天才ピアニストの物語。右腕と左腕を別人格が弾く。ユニークな着想と語り口。変奏される主題。最後まで飽きさせない。