感染症は世界史を動かす
ハンセン病、黒死病(ペスト)、梅毒、結核、新型インフルエンザ。聖書の時代から感染症は億単位の数の人間の命を奪ってきた。それは戦争や核爆弾を遥かに超える影響を及ぼす。中世のペストの大流行は世界で7000万人の犠牲者を出した。人口が元に戻るには2世紀を必要としたという。全盛期初頭のスペイン風邪では4000万人から8000万人の犠牲者を出した。そして新型インフルエンザの大流行が今起これば、最悪のシナリオでは1億8000万人から3億6000万人が死亡すると専門家に推定されている。
感染症の大流行(パンデミック)は特に都市化と交通の発達が進んだ中世以降に起きるようになった。医学が確立される前の中世では、原因不明の疫病は悪魔の仕業であり、患者は汚れた者と不当に差別されて悲惨な最期を迎えていた。ハンセン病やペストの死者は教会に埋葬されないことも多かった。
医学のない時代の治療は神頼み。無意味に血を抜いたり、水銀を吸い込んだり、自らの身体を鞭打って行進したりすることで病気が治るわけもなかった。患者を不衛生な場所に閉じ込めることで、死亡率はさらに高まった。
この本では中世以降のヨーロッパ、日本の感染症の実態が語られる。病気は自然が生み出すものだが、それを広めるのは人間である。ルネッサンスのヨーロッパでは、売春行為や娼婦は合法で公営のものまであった。ローマのシスティーナ礼拝堂は娼家の税で建ったといわれるそうだ。職人社会のマイスター制度では、若者は一人前になるまで結婚してはならないとされて晩婚化が目立った。若い男性は売春宿を利用した。梅毒の大流行の原因にあげられている。
産業革命のイギリスでは都市部の工場で、劣悪な環境下に労働者がおかれた。栄養不足や疲労、非衛生的な部屋に、集団で暮らすことで結核の温床になった。1840年のリバプールの労働者階級の平均死亡年齢は15歳だったそうだ。日本でも炭鉱労働者は次々に結核で倒れていた。世界大戦ではスペイン風邪の菌が兵士の大移動で世界中に広まった。最新のSARSや鳥型インフルエンザは飛行機で国境を飛び越える。
状況が中世と異なるのは、治療と予防の技術が進み、ある程度のコントロールが可能になっていること。近年、多くの専門家が近い将来のパンデミックを予言している。新型インフルエンザも怖いが、この本で知った事実「今日の世界の人口の3分の1は結核にかかっている」事実にも驚かされた。感染症の問題は人類最大の文字通り致命的問題かもしれない。
中世と近代のヨーロッパや日本の歴史を、感染症という視点で切り取った社会史、文化史として勉強になる本だった。世界を動かしてきたのは政治でも経済でもなくて、病気と考えることもできるのである。
・インフルエンザ危機(クライシス)
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004247.html
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