国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて
昨年度のベストセラー。出版時、絶賛する書評が多すぎて、天邪鬼な私は今頃読んでしまった。
やはり、凄まじい本だった。
著者は佐藤優 元外務省主席分析官。「鈴木宗男事件」で背任と偽計業務妨害容疑で東京拘置所に512日間拘留され、第一審判決は懲役2年6ヶ月、執行猶予4年。事件当時「巨悪のムネオ」の右腕としてマスメディアに大々的に取り上げられた人物。政敵田中真紀子がいう「伏魔殿」の「ラスプーチン」である。
政治・官僚ドキュメンタリとして近年まれに見る極めて面白い本だ。
もちろん、この本の内容は控訴中の人間の弁明であるから、何が真実なのかは分からないが、「政治の闇」に深く切り込んだ一冊であることは間違いないように思える。著者の容疑内容(背任であって贈収賄ではない)や逮捕前後の行動からも、私心のなさはうかがえる。この本における自らの行動と経緯の説明も一貫した理念にもとづくものとして説得力がある。
登場するのは政治家と官僚、検察の頭脳明晰なエリートたち。ある意味、この全員が確信犯なのであり、著者の言う「国家の罠」を組織的に作り出す構成員たちである。だが、いくら優秀な才能とはいえ感情のある人間である。必死の攻防の中にドラマが生まれる。
連日の担当検察官の取調べとその中で生まれる著者との奇妙な友情は感動的でさえある。互いの知力の限りを尽くして、逮捕された官僚と、追い込みをかける検察官は、静かな戦いを繰り広げる。検察官自ら、これは「国策捜査」だと宣言し、無罪はありえないので落としどころを共に探る提案を出す。
「
被告が実刑になるような事件はよい国策捜査じゃないんだよ。うまく執行猶予をつけなくてはならない。判決は小さい扱いで、少し経てばみんな国策捜査で摘発された人々のことは忘れてしまうというのが、いい形なんだ。国策捜査で捕まる人たちはみんなたいへんな能力があるので、今後もそれを社会で生かしてもらわなければならない。うまい形で再出発できるように配慮するのが特捜検事の仕事なんだよ。だからいたずらに実刑判決を追及するのはよくない国策捜査なんだ
」
国家組織を円滑に運営していくには、時代の変化に対応して、古い部分を切り捨てなければならない。著者は時代の変化を、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換と分析している。二つの路線が交錯する場所に鈴木宗男がいて、時代のけじめのために、我々は犠牲になるのだという認識がある。
著者が弁護団に依頼した弁護方針は
1 国益を重視し日本外交に実害がないようにすること
2 特殊情報(外交上国家機密に関わるようなこと)の話が表に出ないようにすること
3 鈴木宗男との利害が対立した場合は、鈴木氏の利益を優先すること
であった。
飽くまで外交官のロマンに殉じる覚悟の表明であった。
こんな著者の心意気とプライドを認めた担当検察官は、取調べの密室の中で著者の言い分の最大の理解者になっていく。しかし、お互いの利益は相反している。やるべき仕事がある。完全に気を許すことはできない。二人は最後まで握手をすることはなかった。だが、国家の罠の対岸で互いの立場を尊重しあう深い絆を形成していたように思える。その過程が本書の最大の読みどころである。
読み終わって私は著者に90%共感したのだが、10%疑念もある。結局のところ、この本を書いている人も、出てくる人も、共に一般人からは「魑魅魍魎」の一員である。とにかく情報戦を得意とする著者であるから、出版も完成度の高い弁明作戦の一環と思えなくもない。政治の世界からは手を引くような記述はあるのだが...。
そういえば、
・鈴木宗男氏
http://www.muneo.gr.jp/html/flash_index.html
復活してすっかり元気なようである。
「大怪我で入院して帰ってきた人気悪役プロレスラー」みたいな印象で、今度は外務省の汚職を追求する方に回っている。歯切れのいいコメントにうっかり、好感を抱いてしまったりする。そこらへんが魑魅魍魎政治家やらラスプーチンの怖さなのである。
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