ヴォイニッチ写本の謎
面白い。
中世に書かれたとされるヴォイニッチ写本は、考古学上のミステリとして有名である。まったく解読できない文字群と地球上に存在しない植物の図説、妊娠していると思しき妖精たちが不思議な配管を流れる液体に浸かって踊っている挿画。写本が作られた時代には、知られていなかったはずの、銀河の形状を描いた図までも収録されている。
数百年間の間、古今東西の言語学者、暗号解読者、考古学者たちが、この写本の解読に挑戦したが、いまだその意味はまったく判明していない。最新の解析でわかったことは、テキストがまったくのデタラメではなく、何らかの語彙、文法規則を持った未知の言語で書かれているらしいということ。
ヴォイニッチ写本は、まるで私たちの世界と隣り合う異次元からの抜け穴を通じて紛れ込んでしまったかのような、説明不能なモノなのである。誰かがカネのために偽造した説、ロジャー・ベーコンの暗号説、精神病患者の芸術説、神がかりした人間の自動書記説、などたくさんの仮説が立てられている。この本は歴史を追って、研究者たちの仮説の変遷が語られる。最後には著者らの見解も述べられている。
写本の発見の経緯には胡散臭い人物がうようよしていたのも事実だ。しかし、詐欺師の手による偽書にしては、手が込みすぎているように思える。既存の言語と接点を持たない、精巧な人工言語体系をひとつ作ったうえで、芸術的価値も認められるレベルの、200ページ以上もの豪華写本を、仔牛皮紙に描かねばならない。解読に一生を費やした優秀な頭脳が何人もいるのだが、彼らでさえ、解くことができないほどの暗号を、素人が作れるはずがないのだ。
解読は現在もインターネット上で行われている。プロとアマの研究者が日夜メーリングリストを通じて意見交換をしており、興味のある人は参加が可能だ。写本自体も全頁をネット上で閲覧することができる。
・Voynich Manuscript Mailing List
http://www.voynich.net/
・イェール大学図書館のデジタルライブラリ
http://beinecke.library.yale.edu/dl_crosscollex/SlideShowXC.asp?srchtype=CNO
本文中にメーリングリストの投稿もいくつか紹介されている。アマチュアほど自由でロマンチックな仮説を立てる傾向があるようだ。私は、ひとつトンデモ仮説をつくってみた。
こんなのはどうだろう。「ムー」にでも採用されそうだ。
橋本仮説:
「
地球の地下深くに私たちと似ている、もうひとつの人類社会が存在し、地上世界との接触を避けて暮らしてきたが、不届き者の手によって、地上に流出してしまった書物がヴォイニッチ写本なのである。
」
数千年前の文化の文字が未解読のままになっていることはよくある。だが、ヴォイニッチ写本は数世紀前の中世の遺物だと言われている。それがこれだけ情熱的研究者に囲まれながら、謎のままでいる。著者らも3年をヴォイニッチ写本研究に費やした末にこの本を書いたそうだ。
この本にはカラーとモノクロの写本の写真がたくさん掲載されている。挿画と清書された文字の並びが、極めて美しく、格調高く、何より妖艶である。エロティックである。ヴォイニッチ写本が数百年間に渡って人々をひきつけたのは、前人未到の謎を解きたいという、知的関心だけではなかったのではないか。この写本自体に異世界に読者を連れ込むような、不思議な魅力を感じる。芸術なのだ。
「解かぬが花」ということばもでてくるが、芸術なのだとしたら、解くことに意味はない。しばらくは知的探求の肴として謎のままにしておくのもいいという見解に私も賛成である。この本は、その徒労に終わった知的探求の長い長い歴史を、克明に記述することで、一級の知的娯楽作品になっているのだから。
・暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/004028.html
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