新聞なんていらない? 記者たちの大学講義
これから新聞記者になりたい人にとって最適の本。朝日新聞社の記者、営業、編集委員らが大学で講義した内容を書籍化。
新聞は中身の55%が記事で残りが広告。記事の量は400字詰めの原稿用紙でざっと450枚で新書一冊分に相当する。編集の過程でボツにされるため、この記事の倍の量が書かれている。編集に関わる人2500人、そのほか印刷や販売流通などに関わる人4000人。総計6500人が130年の歴史を持つ、830万部の朝日を支えている。
新聞記者による新聞の特徴は総合性、一覧性、詳報性、保存性の4つで、すなわち、「何でも載っている」、「一目で見られる」、「詳しく伝えている」、「そのままとっておける」である。
新聞の収益は販売5、広告4、その他1.90年代前半以降、値上げはしていない。広告比率を抑えて独立性を維持し、広く読んでもらうために値上げを行わないでやってきている。
新聞とはなんだろう?と言う自問にある記者はこう答えた。「歴史のある一日を、ワールドワイドで(宇宙まで含め)、ある明確な判断と意思のもとに切り取り、刻印し、それを日本中に配り、伝えようとする、それを受け止めようとする人々が列島の隅々までいる、そういう人間たちの」意思のすさまじさなんじゃないかと。
視点と哲学を持って自律するメディアというのは、”勝手なメディア”全盛になるインターネット時代において、まだまだ活きる価値だと読みながら思った。紙の新聞をあまり熱心に読まない私でも、ネットで新聞社の記事は当てにして読んでいる。「新聞なんていらない」わけでは決してないと思っている。
「古い酒袋に新しい酒を注ぐ」という諺があるけれど、このすさまじい意思を受け継ぎつつ、紙以外の新しいメディアとどう融合するかが、当たり前だけれども課題だろう。映像のテレビ、考えさせる新聞、スピードのインターネットという組み合わせで情報を見ることが大切なのではないかと訴える編集委員もいた。知る権利とならんで考える権利があると言った人もいた。
読者が「考える」メディアという位置づけは面白い。書籍・新聞という紙メディアは、他の媒体に比較して、読者を考え込ませるアフォーダンスがあるメディアだと思う。考えたことをネットに吐き出させ、フィードバックするという仕組みがあると、ネットと両立する紙の新聞の付加価値になるのではないかと思った。
各講師の講演テーマは以下。
1 新聞へのアプローチ―面白がる力、社会力、意見力をつけよう
2 「経済記事」の読み方―事件の背後の時代相
3 球界再編とメディア―スポーツライティングの立ち位置
4 被害者と記者―なぜ「事件取材」からスタートするのか
5 アメリカ大統領選挙と特派員―自国の利益と世界の利益
6 首相と番記者―特異な宰相・小泉純一郎を報道する
7 営業マンと販売店―新聞ってインテリが作ってヤクザが売るの?
8 広告は語る―メディアによる違い、魅力
9 新聞の未来―言葉への感度を取り戻そう
闘う社説
科学記者と地球
文化記者の志
大学生に語りかける内容なので、どちらかというとタテマエが多いのだが、現場仕事の面白さを語る際に本音もでてくる。古い考え方と新しい考え方が世代や役職によって入り混じっており、保守的なメディアという印象があるが、変革の必要性を現場も意外に強く感じているのだなあと思った。
・図説 日本のマスメディア
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003900.html
・新聞がなくなる日
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003811.html
・メディア裏支配―語られざる巨大マスコミの暗闘史
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/003332.html
・日本経済新聞は信用できるか
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002805.html
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