脳と創造性 「この私」というクオリアへ
■コンピュータと脳の違い
人間の脳の創造性とは何かについて考察したエッセイ集。
「
人間の場合には、まず直感で指し手がわかった後に、それを論理で裏付ける。ディープ・ブルーの場合は、それとは逆に、まずは論理で全ての可能性を検討して、その後にやっと指すべき手がわかる。つまり、結論と論理の順番が、人間とディープ・ブルーでは逆転しているのである。
」
#ディープ・ブルー=人工知能のチェスプログラム。人間の名人を破った。
人間の直感とコンピュータの論理では根本的に仕組みが違うのではないか、という問題意識が、この本の大前提。
「
コンピュータと比べた時、人間の脳が新しいものを生み出す仕組みに潜む最大の驚異は、その「歩留まり率」が異常に高いことである。ある特定の状況で、新しいアイデアが必要とされる時、私たちはうんうんとうなりながらかんがえながらそれをひねり出そうとする。なかなかでなくて苦労することもあるが、いったん「これだ!」とひらめいた時には、そのひらめきの結果生み出されてきたものは、たいていの場合は意味のあるものなのである。
」
「
何の指針もなく、ただ単にランダムに自発的な活動をしていても、そこからは何の価値あるものも生み出されることはない。脳の神経細胞が自発的な活動をしていることは、創造性の前提条件である。その自発的活動を、意味のある創造的なプロセスに結びつける、何らかのメカニズムが必要なのである。
」
コンピュータで、発想支援ソフトというのはあっても、発想自体をしてくれるソフトでまともに機能するものはない。コンピュータがランダムか何らかの固定アルゴリズムに従って出す答えや、選択肢の順列組み合わせをすべて試す機械的発想法(MECE)からでは、クリエイティブなものは滅多に生まれない。文脈に対して完全に依存するのでもなく、ランダムでもなく、”自由に”ものを考えることから創造性が生まれる。
そしてこの創造性の歩留まり率を高くしているもの、その何らかのメカニズムの重要な要素として、直感、感情、意識があるのではないかといい、著者の持論のクオリア哲学へと展開していく。
■ぎこちなさ、退屈、一回性
ユニークなクオリアがあるかどうかが、創造性の質を決めるという「クオリア原理主義
」という言葉まで登場する。
新しいことをするときの「ぎこちなさ」の中に将来の創造性が隠れているのではないかという考え方がとても興味深かった。人間は大人になるにつれて、次第に器用になって洗練される分、型にはまったレディメードなものしか生み出さなくなる。不慣れな世界に恐る恐る一歩を踏み出すときの、ぎこちなさはレディメードと対極にある。
器用な芸術家は何でもそれなりにレディメードな作品を生み出せるが、過去に類例のない、オリジナリティのある作品を生み出す資質に欠けていることが多い。ぎこちなさこそ、まったく新しい何かの萌芽であり、一回性の人生において、創造性の源泉になるという考え方。
退屈する時間も創造性には必要な時間だと著者は説く。退屈することもまたオンラインの文脈から離れることであり、ユニークなクオリアの獲得につながる。青春時代に何かに熱中するだけでなく、無為な退屈した時間をもやもやしながら過ごす、というのも、実は必要なことなのではないか、と著者は自分の体験からも述べている。
一回性の人生を迷いながら生きているからこそ、人間は創造性を発揮できるのだということらしい。コンピュータには意識や感情や一回性の人生はないから、今の延長線上では創造性にあふれたパソコンと言うのは登場しそうにない。
やはり当面はコンピュータは人を創造的にする環境支援をする役割と言うことになりそうだ。死ぬほど退屈させてくれるメールソフトとか、ぎこちないブラウザーとか、一回しか起動できないソフトウェアとかが大切なのだな、いや、そんなわけないな、とくだらない、もやもやした思考の袋小路に陥ってしまった。面白いことってすぐにはなかなか思いつかない。それでも考え続けているといいことがあるよ、というような内容の本だった。
・脳の中の小さな神々
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001921.html
・脳内現象
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001847.html
・脳と仮想
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002238.html
・意識とはなにか―「私」を生成する脳
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000561.html
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