マインド・ワイド・オープン―自らの脳を覗く
名著「創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク」の著者の最新刊。これまた面白い一冊。
・Passion For The Future: 創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/001285.html
脳科学の最前線のテクノロジーを自ら体験しながら、脳はどこまで科学的に仕組みが解明されていて、技術的にどう制御できるようになるかの可能性を探る。
■脳に埋め込まれた読心能力
著者は、Reading the mind in the eyesというテストを受ける。見知らぬ人物が様々な感情を表した時の写真の、目の部分だけを見て、その人物がどのような感情を持っているかを推測させ、4つの選択肢から選ばせるテスト。これはWeb上でも試すことができる。
・Mind in the Eyes
http://growe.homeip.net/BaronCohen/Faces/EyesTest.aspx
このテストは不思議である。やってみると試験中は難しく感じるが、深く考えず、直感で答えていくと意外に高確率で当たってしまう。逆に、よく考えたからといって正答率が劇的に高まることもないようだ。選択肢となる感情表現のマスターリストには412種類もあるらしい。微妙な違いまでをヒトは瞬時に読み取ることができる。
顔の表情、特に目の表情の読み取り能力は社会的動物であるヒトにとって、生存率に関わる重要な能力であるため、進化の過程で脳に専用回路がビルトインされているのだという。だから、意識がソフトウェア的にゆっくり考えるよりも超高速に、無意識がハードウェア的に判断することができるのだという。
著者はこの能力を「虫の知らせ」と呼んでいる。自閉症患者の中には、マッチ箱から床に落ちたマッチの数を瞬時に言い当てられる人がいるらしい。彼らは数えることなく、数字が頭に浮かぶのだそうだ。これなども理由は不明だが、脳内にハード的に数えるモジュールが生成されてしまった例なのだろう。第六感や女の直感もまた、同じような原理のようだ。
この「虫の知らせ」がはたらくときは、扁桃体が強く活性化している。扁桃体を損傷すると他人の感情が分からなくなる症例もあるという。「虫」の正体は扁桃体だというところまでは解明されている。こうしたモジュールを、自在に操ったり、新しく作り出すことができるようになれば、人間の能力は無限に拡大できるような気がしてくる。
■神経フィードバックで集中力強化
著者は、米国アテンションビルダーズ社の神経フィードバック装置による集中力強化トレーニングを体験する。これは下の写真のようにヘッドセット型をしている、脳波計測装置。集中力が高まるときに発生するシータ波のみを検出し、画面に波形を映したり、シータ波が多く出ていれば画面上の自転車が早く走る仕組みのゲームなどを行うことができる。
被験者は自らのシータ波の具合をリアルタイムに見ながら、意識を集中させることで、シータ波を最大にしようと練習することができる。この製品は、主に注意力に欠陥のある子供たちや、能率を高めたいと考えるビジネスマンなどに利用されているという。意識を研ぎ澄ますだけでなく、沈静化することもできる。練習すれば、いつでも、望むとおりの精神状態に入ることができるようになるという。心裡カウンセラーやコーチも真っ青である。
・Attention.com
http://www.attention.com/
こうした機器で測れるのは脳のおおざっぱなレベルの活動状態に過ぎない。科学的根拠の曖昧さや、宗教やスピリチュアルなセミナーなどに好んで使われてきたことから、神経フィードバックは長い間、似非科学として扱われてきたらしい。実際、科学とは縁遠い人たちが関わっていることも多いらしい。
だが技術の進歩もあって、もしかすると使えるレベルまできているのではないかと、著者の体験と考察を読んで、可能性を感じた。勉強も仕事も「その気」になれば、短時間に成果を上げられることは多い。問題はなかなか「その気」にならないことだ。ヘッドセットをはめてゲームを遊べば、「その気」をいつでも呼び出せるようになれば、人生はきっと違ったものになる。
■暗号解読からパターン認識へ
著者は続けて、攻撃・逃走本能や、ホルモン、ドラッグ、MRIによる脳のイメージ分析などの先端研究の状況を体験しながら報告する。脳は電気化学的な反応にかなりの部分が還元できることが再確認される。
かつて心理学者フロイトは無意識の存在を指摘した。それは正しかったが、無意識は隠れた性的抑圧によって支配されていて、その隠れた意味を解読すれば心を解明できる、という理論は、あまりに単純すぎたと著者は批判する。脳はもっとたくさんの、ひとつひとつは明確な理由のある要素が、複雑に絡み合っているパターンなのだという。
そして各要素を紐解く技術が次々に現れてきた。それらは、ある刺激に対して自動化された反応を返す単純なモジュールであるから、秘密は少ない。これからは隠れた意味の暗号解読ではなく、明らかなパターンを認識することが、脳科学の主流となっていくだろうと予言する。
愛情さえも自動化回路が形成されているらしい。脳のパターンを正確に認識できるなら、コントロールする可能性も見えてくる。こんな一節がある。
「
ところがある女性感謝の治療中、医師チームは誤って、脳幹内にある「悲しい気分の時の身体状態」を取らせる場所を刺激してしまった。電気刺激を与え始めて数秒もしないうちに、彼女は椅子でぐったりと崩れ落ちて不機嫌そうな表情を見せ、目に涙を浮かべながら「人生にはうんざりなの、もう充分よ...全部無意味なんだわ」とドストエフスキーの「地下室の手記」からでも引用したような文句をつぶやき続けた。だが意思が慌てて電気刺激を切るとその抑うつ感は一瞬にして消え去り、彼女は笑みさえ浮かべながら、なぜ自分が突然そんな状態に陥ったのかと不思議がって見せた」
」
■ある日突然天才になる可能性
私も子供のころより何十回か、脳波の検査は受けたことがある。頭に数十本の電極を糊でぺたぺた取り付けてプリンタへ波形を出力したり、CTスキャンやMRIのような最新の装置で、電気的、磁気的に脳の活性化状態をイメージ化する検査だ。自分の頭の中を可視化するのは面白い体験なのだが、医者からは「何を考えているかまでは分かりませんから安心してくださいね」などと言われる。検査は長時間に渡り、大抵飽きてしまうので、物思いにふけってみたり、エッチな想像をしてみたり、必死に計算してみたりといろいろ試すが、医者にはやはり何も分からないらしい。さすがに息を止めたり歯をくいしばるのは波形に出るらしく、ばれてしまうが、心の中までは読まれないのだ。
素人として知りたいのは精神活動の中身である。だから、いまひとつ、使えないじゃないかこれ、と思っていたのだが、この本で紹介される一歩先の脳科学の技術は、まさに心の中身を見たり、操作することができるものだった。
私たちの生きている間に、ある日突然大天才になったり、不幸のどん底から瞬時に幸福の絶頂になったり、1日に数万の英単語を覚えたりすることが、技術によって可能になるのだろうか。もしかするとできるかもしれないというのが、この本の伝えたいところのようだ。
著者は完全な還元主義者でもなく、技術楽観論者でもない。技術の未熟さ、倫理的な危うさも指摘しながら、冷静に脳科学の今を見極めようとしている。脳科学の知識に最新パッチを当てたい人に、このオススメの一冊。
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