天才と分裂病の進化論
権威ある医学者による、大胆な仮説の発表。学術論文ではなく一般向けの著書として噛み砕かれた文章で、それをリアルタイムに読めるのはワクワクする。
■天才と名門家系に共通するもの
問題:次の天才たちに共通するものを挙げよ
ニュートン、アインシュタイン、エジソン、コペルニクス、メンデル、ダーウィン、カント、ヴィトゲンシュタイン、ハイネ、カフカ、プルースト、ベートーベン。
わかるだろうか。
答え:近親者に精神分裂病の患者がいる
この本には、精神分裂病(以下、現代的に言い換えて統合失調症と呼ぶ)を発病させる遺伝子こそ、知能を持つ人類の進化の原因である、という独創的な仮説が書かれている。
統合失調症の発病率は、世界のどの民族でも変わらず、およそ1%という興味深い事実がある。多くの病気が風土や人種によって発病率が異なるものらしい。これに対して、統合失調症は人類にとって普遍的な病なのだ。幻覚や幻聴、異常な行動がなくとも、分裂気質や軽い躁鬱病の人間ならば、もっと高い確率で誰の周囲に普通に暮らしている。また双極性障害(いわゆる躁鬱)もほぼ同じように発症するとも書かれている。
この1%という数字が、歴史上の天才や名門と呼ばれる家系では、何倍もの数字に跳ね上がっていることに著者は着目した。目立つところではノーベル賞受賞者の近親者に、患者がいることが多いと言う。稀にであるが映画「ビューティフルマインド」のモデルにもなった数学者ジョン・ナッシュのように、受賞者本人が患者と言うケースも複数ある。
■人類の進化と統合失調症の遺伝子と脂肪原因説
統合失調症の遺伝子を持つ人間に共通するのは、精神異常や知的後退と同時に、そのうちの何パーセントかに、独創的なアイデアや芸術的才能(音楽が多いらしい)、神をも恐れぬ強い意志や行動力があることにある。彼らは、凡人には不可能な偉業を精力的に成し遂げてしまう。その反面、奇行が目立ったり、社会生活が破綻したり、ひどければ犯罪を犯してしまうこともある。良くも悪くも、世の中に変化と革新をもたらす。
著者は人類の起源に強い関心を持ち、類人猿から分かれたホモサピエンスが、どのように地球上に分布を広げて、その文化を進化させて行ったかを、フィールドワークで調べた。そして、人類の脳が大きくなり二足歩行をはじめた時期と、技術や芸術と言う文化が花開く時期があまりに離れていることに気がついた。100万年前から20万年くらい前までの時期は文化的にはほとんど進歩しておらず、地域による同質性も高かったのに、20万年から5万年くらい前の時期になって、突然、高度な道具を作ったり、埋葬のような精神文化が地域ごとに多様に展開しているという事実である。
その時代に人の精神に何が起きたのかを探る。この仮説では、まず突然変異で統合失調症の遺伝子ができる。その時点では発病しないか、社会的に問題にならない時代が何十万年も長く続く。そして訪れた地球規模の気候の変動による食糧事情の変化。農業中心による穀物中心の食文化に移行すると、摂取する栄養の内容が変わる。発病の引き金となる脂肪酸の代謝が悪化する。それまでは発病しないか、軽症で済んでいた遺伝子ホルダーたちが顕著に発病をはじめる。それが社会に大きなインパクトを与えることになる。
そして、現れた異端者が、神の声を聞くシャーマンの役割や、真似のできない発明家の役割、あるいはカリスマ的政治指導者の役割を担った。狂気と天才が、急速に技術を革新させ、芸術を花開かせ、宗教を普及させた。ゆるやかな100万年間を急激な進歩の歴史に変えたのは、統合失調症の遺伝子であったというのだ。
■仕組みの解明と、コントロールの可能性
統合失調症は遺伝要因が強いとされ、その遺伝子の組み合わせ持った子どもは、35歳くらいまでの間に発病することがある。遺伝の発現には環境要因も絡んでいるとされる。環境しだいでは発病しないことも多いからだ。この遺伝子を持つ家系や、異環境で育った一卵性双生児、外部から長く隔絶されていた歴史を持つアイスランドの人たち、などを調べた結果、遺伝と環境の関係と同時に、やはり、顕著な業績をあげた家系に多く発生することが確認される。
著者は、ある種の脂肪酸の代謝能力を制御できれば遺伝子を持った人間を、狂人ではなく、創造性の豊かなイノベーターに変えられると考えている。マウスの実験レベルでは、既に天才マウスは誕生している。この病気は今は不幸な障害だが、やがてコントロールが可能になり、人類を豊かにする存在なのではないか、という。今は人生の破綻につながる素因が、人類の希望に見えてくる。
この仮説は、現在の科学では検証できていないが、ヒトゲノム解析はいままさに進んでいる話だ。数年というレベルの近い将来でも、根拠となる遺伝子が特定される可能性もあるかもしれないと著者は述べている。そうなれば、次はコントロールへの第一歩が進められるかもしれない。
私たちは、種の進化スピードをコントロールする技術までも手にすることになるのだろうか?
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