テキスト簡単化と図表化のテクノロジー
■中学2年の悔しい思い出と改善提案
未だに腹立たしい経験を憶えている。中学2年の社会科の授業。生徒は全員が日本国憲法の前文を暗記してこいと言われていた。クラスでタダひとり授業で暗誦できなかった、私は、放課後に居残りを命じられた。ヒステリックな20代の女性教師と図書館で二人、対面して1時間。ひたすらの繰り返し暗誦練習。
私の記憶力が悪いのは横に置いておくとして、当時の私の本音は、こんな出来損ないの汚い文章を、自分の頭に残しておきたくなんかなかった。はっきりと、この文章を覚えたくありませんと言葉で主張した記憶があるが、不思議そうな顔をされた。私の通知表の社会科の評価は1だったからか、当然、取り合ってもらえなかった。
当時の教師の年齢を超えた今なら、もっと大きな声で、自信を持って、言える。こんな文章ダメダメである!。憶えない私のアタマも悪いが、書いた人間のアタマはもっと悪いのだ。教師は暗誦の指導でなく、こうすべきだったと提案したい。
「あなたは、生徒に文章の簡単化と図表化をさせるべきだった。」
■どうしたら分かりやすくできるか?
私が文字通り泣く泣く憶えさせられたのはこの文章だ。起草当時の状況下における、最高の政治的コンセンサス・テクノロジーの成果なのだろうが稚拙な文章と感じる。
「
日本国憲法前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
」
一度だけ読んだら、さあクイズだ。もうテキストを見てはいけないとする。
Q1 日本国民は何を決意しましたか?
Q2 ここでは何が宣言されましたか?
Q3 国民は何を享受しますか?
Q4 憲法はどのような原理にもとづいたのですか?
Q5 この前文、ひとことで言うと結局なんですか?
よほどの秀才中学生か、憲法学者でもなかったら、この質問に即答するのは、困難なはずだ。教師には考えてほしい。たとえ暗誦できていたとしても、この質問に答えられなかったら、学んだ意味があるのだろうか?。
■係り受けの分解とアウトラインの抽出
どうしたら分かりやすくなるだろうか?。文章の順序でアウトラインを抽出してみる。質問に応じて色分けもした。
日本国民は、
国会における代表者を通じて行動する。
国会を正当に選挙する。
われらとわれらの子孫のために
諸国民との協和による成果
と
わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保すること
と
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすること
を
決意する。
ここに主権が国民に存することを宣言する。
この憲法を確定する
そもそも国政は、
国民の厳粛な信託によるものである。
その権威は国民に由来する。
その権力は国民の代表者がこれを行使する。
その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理である。
この憲法はかかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
アウトラインの基底部を読めばきっと質問に答えられる。
Q1 日本国民は何を決意しましたか?
・国会における代表者を通じて行動すること。
・諸国民との協和による成果と自由のもたらす恵沢の確保
・再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすること
#係り受けの曖昧さがあるので「代表者を通じて行動」は決意の内容に入らないかもしれない。これを確定できないのは書いた人間のアタマの悪さだと思う。
Q2 ここでは何が宣言されましたか?
主権が国民に存すること
Q3 国民は何を享受しますか?
国政の福利
Q4 憲法はどのような原理にもとづいたのですか?
国民の厳粛な信託により
1 国政の権威は国民に由来する
2 国政の権力を国民の代表者が行使する
3 国政の福利は国民が享受する
というルールで国政を実現する、人類普遍の原理。
Q5 この前文、ひとことで言うと結局なんですか?
日本国民は、主権が国民に存することを宣言し、人類普遍の原理に基く憲法を確定する。
(基底部の太字をまとめればこうなる)
■文章の簡単化の技術
上記の作業は人間が行ったので、人によっては解析構造が異なるかもしれない。
・文章を簡単な表現に直す(係り受けの分割や受動態→能動態変換)
・文章を係り受けを表す階層構造(木構造)にする
という作業をしたわけだ。その上で意味を人間が考える。
最近、早稲田大学の研究者のShima氏に教えてもらった興味深い研究に文章の簡単化がある。これらを自動化しようという試みだ。既に無償でダウンロードできるソフトウェアもある。
・言い換えエンジン KURA
http://cl.aist-nara.ac.jp/lab/kura/doc/
・日本語を簡単な日本語に言い換えるー福祉的コミュニケーション支援に向けて
http://cl.aist-nara.ac.jp/lab/kura/papers/2001/inui-sakigake0112paper.pdf
このプログラムは文章に対して自動的に以下のような処理を行う。
1 副詞節や並列節を含む長文の分割:
ようやく回復の足取りを固めたとはいえ,日本経済の先行きは不透明感を免れない.⇒日本経済は,ようやく回復の足取りを固めた.しかし,先行きは不透明感を免れない.
2 連体修飾節の言い換え(主節化):
きっかけは中村屋がインド独立運動の闘士であったビハリ・ボースをかくまうようになったことである.⇒ きっかけは中村屋がビハリ・ボースをかくまうようになったことである.ビハリ・ボースはインド独立運動の闘士であった.
3 複雑な否定表現の言い換え:
彼はベジタリアンなので,パーティーでも野菜しか食べなかった.⇒ 彼はベジタリアンなので,パーティーでも食べたのは野菜だけだった.
4 複雑な比較表現の言い換え:
学生時代の友人と飲む酒ほど楽しい酒はない.⇒ 学生時代の友人と飲む酒が一番楽しい.
5 受動・使役表現の言い換え:
太郎は駅前で警官に呼びとめられた.⇒ 警官が駅前で太郎を呼びとめた.
6 機能語相当表現の言い換え:
たばこをやめてからというもの,食欲が出て体の調子がとてもいい.⇒ たばこをやめてから後ずっと,食欲が出て体の調子がとてもいい.
7 慣用句などの言い換え:
学生時代は毎日のように映画館に足を運んだ.⇒ 学生時代は毎日のように映画館に行った.
8 難しい内容語/句の言い換え:
多数意見は立法府(⇒国会)の裁量判断を尊重する立場を示した.
足を運ぶ⇒ 行く.
これらの処理により、難しかった文章を簡単にできる。簡単化と要約とは似ているが、少し違って、むしろ処理した結果、文章量自体は長くなることが多い。簡単化された文章は読みやすくなるし、そもそも文章としてこちらのほうが美しい気もするくらいだ。
■文書の図表化
もうひとつの分かりやすくするアプローチには図表化があると思う。
・概念図の自動生成による文書内容の可視化
http://www.image.esys.tsukuba.ac.jp/html/murayama/Work/ms_thesis.pdf
クリックで拡大
ここでは文章を解析し、概念図を作成するプログラムが研究されている。以前紹介したiEditで人間がつくるような階層図、概念図があると分かりやすくなる。
・文書アウトライン作成支援ツール iEdit
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000317.html
数式もまた文章を分かりにくくする諸要因のひとつである。
X=Y(21a+b)
という式だったら、自動的に、
1 21とaを掛ける
2 その結果をBに足す
3 その結果をYに掛ける
4 その結果がXである
というような文章に置き換えてくれる処理があればいい。図表化してくれればなおさら分りやすい。この分野でも研究があるようだ。これは図表化ではないが、数式の意味を読み取る研究である。
・数式の構造認識と意味理解
http://www.taf.or.jp/publication/kjosei_16/pdf/p644-p651.pdf
情報量の増大に伴い、簡単化の研究、図表化の研究は、一般ユーザにとっても重要な役割を果たすように思う。今、研究室で行われていることが速く市場に出てきてほしいと思う。教育分野でもこのような応用があったならば、無理に文章を暗記させる訓練など無用だったはずである。もっと分かりやすく、大人になるまで長期的に内容を憶えられる教え方、教材を開発することができるはずである。
大学時代のアルバイト先での暗誦訓練は意味があった。あの訓練は社会に出て役立った。強制してくれた社長に感謝している。しかし、私に日本国憲法を暗誦させようとした、中学の先生、あなたはもっと教育方法について考えるべきだった。あなたの知的怠慢のおかげで、私たちはもっと楽しめたはずの夏の放課後の午後の時間を無駄にしてしまった。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: テキスト簡単化と図表化のテクノロジー
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.ringolab.com/mt/mt-tb.cgi/1150
憲法前文はもとは英文で、和訳が稚拙だったため、あのような文章になったそうです。英文では非常にわかりやすく書かれています。
http://www.ne.jp/asahi/tokyo/tanken/newpage25.houritu.htm
floresさん、こんにちは。
非常に参考になりました。原文の書き方に依存していたんですね。
人や文章をけなして、自分の高尚さを自慢しているような印象をうける、不愉快なエントリーでした。
紹介の研究やツールは興味深いものの、「よい文章」「よい教育方法」を判断する基準について、説明が十分になされないまま、感情的に結論づけられているように思いました。
憲法にとって論理性と明快さが重要であることは、善し悪しの基準として一般化できると思いますが、「文章」や「教育」を云々するには、もう少し前提とする文脈の共有に努めた方がよいのではないでしょうか。
(書き捨て失礼。)
不愉快な文章になってしまい申し訳ありません。ご意見心に響きました。
これから気をつけたいと思いますのでよろしくお願いいたします。私自身が自分が受けた教育に非常な不満を持っていることが、日記に現れてしまいました。
個人の表現場所ということで筆はすべりがちですが、批判を行う際にはもう少しモデレートなやり方で、建設的に考え、提案して行きたいと思います。
貴重なご意見に心から感謝します。ありがとうございました。
この種の訳文は実にひどい。
明治以来の翻訳教育の成果がこれだから、あきれる。