プチ情報テロとSmall World Technology
先日の「つながりの科学」続編。
■「情報テロしたくなるときがあるんですよ」:プチ情報テロの誘惑
先日、あるブレインストーミング会議で、女性の参加者がこんな意見を話した。「私、ときどき、インターネットで情報テロってしたくなるんですよ。」。私も同じようなことを考えたことがあるので言いたいことはすぐに分かった。
プチ情報テロをしたいのである。思い入れの強い企画やイベントを計画したときに、この情報を、とても広く伝えたいと思うことがある。何万人、何十万人かそれ以上の人数、つまり世界中にこのメッセージを伝えたいというときだ。年に1回くらいは誰しもあるのではないだろうか。
人は日常は、小さな世界、つまり知人・友人のネットワークの中に暮らしている。自分でメディアを持ったり、マスメディアに意見を書く人は少数である。大抵は、多くて数人の親友と数十人の友人、100人くらいの知り合いという小さな世界と向き合っている。
プチ情報テロは、誰しも、できないこともない。例えば、2ちゃんねるに「これってどうよ?」とスレッドを立てるとか、ゴシップ風記事に仕立てて大規模なMLに投稿するような手法だ。
■突発大規模オフ、FlashMobs現象
日本では「突発大規模オフ」、英語で言うなら「FlashMobs」現象はまさにそんなプチ情報テロの例だろう。特定の日時と場所でまったく同じ行動を起こそうという約束を、匿名コミュニティで行って、実際に実施する行動である。
数百人規模で成功した事例として私が知っているのは、
・江の島清掃
あるテレビ番組で江の島(神奈川の観光地)の浜を清掃する企画を察知した2ちゃんねる住人たちが、その番組の前の日に現地に大集合して、浜をキレイに清掃してしまった。テレビ側は、撮影当日ゴミのない浜を掃除しているフリをせざるを得なくなった。
・牛丼屋で大集合
これも2ちゃんねるで、示し合わせた集団が特定の牛丼店舗に同時集合してまったく同じややこしい注文を行った。その結果、店舗はマヒしてしまい、「2ちゃんねるお断り」の店も現れたとか。
・広島折鶴
広島の平和公園で数十万羽の折鶴が不届きな学生によって放火で消失。これを嘆いた2ちゃんねる住人らが、日本中に呼びかけて折鶴を100万羽くらい集めて寄付。あっという間の出来事に公園側も嬉しく驚くが、最後のオフ会で主催者らが公園で悪ふざけ。賛同者たちからつるしあげをくらう。
だが、現状は上記のような、情報テロを普通の人が仕掛けるにはリスクがある。やみくもにやれば社会的信用を失うかもしれないし、確実に意図が伝わる保証もない。それに情報テロを仕組む人が、社会に増えてしまうと、膨大な数のテロメッセージの中に埋もれてしまい機能しなくなる。
・同じサーバの同居人Shima氏の関連記事(この記事のアイデアはこの記事から発想しました。感謝。)
http://www.ringolab.com/note/shima/archives/000433.html
・Flashmobs(海外での事例)
http://www.flashmob.com/
■小さな世界とはどんな世界か
Stanley Milgramというアメリカの社会心理学者(故人)がいる。「小さな世界」について研究した最初の学者で、知人に荷物を適当に郵送しあって目的の人物にたどり着く確率を調べる、そんな実験をやっていた研究者だ。1960年代の彼の業績が最近、ネットで注目されている。
・インターネットは「狭い世界」を検証できるか
http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/20020131206.htmlここでは「狭い世界」と訳されている。
・ Stanley Milgram
http://www.stanleymilgram.com/
Hotwired記事で紹介されているようにネットワーク上の小さな世界についてはコロンビア大学で研究されているプロジェクトがある。参加者がメールを知り合いに送ることで、予め決めた世界の19人(Hotwiredの記事の20人は恐らく間違い、論文が正しいはず)にどれだけ伝達されるかを計測する実験をしている。171カ国、6万人で試した結果、19人に伝わるまでに、国内なら5人、国外では7人経由して到達することが分かった。まさにSixDegreesだ。
・Small World Research project
http://smallworld.columbia.edu/
次のNASAにおけるレクチャー資料が小さな世界を考える上で参考になる。極めて的を得た要約。以下私の超訳。
・Networks, Search, and TheSmall-World Problem
ネットワーク、検索、小さな世界問題
http://shemesh.larc.nasa.gov/Lectures/OldColloq/WattsColloquium.pdf
1人に100人の知り合いがいれば、100×100で1万人とつながっている。5人をたどると100の5乗だから100億人、世界人口をカバーする。5人の友人をたどれば、全世界の人間が知り合いといえる。
しかし、Milgramの推測はランダムに人間がつながっていると仮定していたから単純すぎる。現実の人間のつながり方にはふたつの特性があると指摘する。
1 Homophily
類は友を呼ぶ。似たもの同士がつながっている。
2 Triadic closure
あなた、私、第3者の3人の関係がランダムよりは近いということ。
つまり、人脈のつながり方は、均等にランダムではなくて、大小のありがちなパターン(超意訳、詳細は原文参照)で存在しているということだ。有名人同士は意外に知り合いだったり、異業種でも関心の近い人が群れる会があったり、人脈の広い人徳者を介して多数の人がつながっていたりする。だから名刺交換をしながら共通の知り合いを発見して「世界は狭いですねえ」というのだ。
この論文では、「社会的距離」を数学的に計算する方法と、戦略を提案している。地域と職業は特別なパラーメータとして見ているようだ。地域が近い、同じ業界の会社だ。いろいろな次元での近さがあるけれど、そういう多次元のネットワークの中で最小の距離こそ、社会的な距離である。純粋に数学的なネットワークと比較して、人間のネットワークは、かなり異なっているのではないか、と検証されているが、まだ完全な結論は出されていない。インターネットの人脈は、規模が拡大しても通信コストが変わらない「スケールフリー」なネットワークなのかどうか、だとか、人はネットワークをどれくらいグローバルに知ることができるのか、といった仮定が討論されている。
■宛先は「それを必要としている人」へ
小さな世界で最もうまく機能する戦略、つまり「情報テロ」活用術が分かれば、私たちはやみくもに見知らぬ他人にメッセージを送ったり、2ちゃんねるに不確実な爆弾投稿をしかける必要はなくなる。
世界中の「それを必要としている人」へ、信頼できる人同士のネットワークで情報を送ることができるようになる。受け取る側も信頼できる人から、そのメッセージを受け取ることになる。次世代のメールは個別の宛先に送る以外に、To:「それを必要としている人」という宛先オプションが現れるかもしれない。
そうすると、(最近の私の悩みでもある)以下のような問題が解決できる。
・告知したいプレスや関係者のリストをメンテナンスする手間
・小規模なメーリングリストにたくさん参加しないといけない状況
・毎日たくさんのスパムメール
・メールでの紹介(照会)のやりとり
・ビジネスアイデアを思いついても誰に送ればいいか分からない状況
・情報テロをやりたいだけやっても怒られない、むしろ褒められる
■アプリケーション
小さな世界の現実的な応用を考えてみる。私の案としては、以下の二つではないかと考えている。
1 メールサーバ+FOAF = 企業人脈サーバ
企業のメールサーバのやりとりから、社内の誰と社外の誰がどの程度の頻度でつながっているかのデータベース化。アドレス帳から役職や名前データを取り出し統合。営業、広報、提携先探し、メール配信など渉外業務に役立てる。(FOAFは過去記事参照)
2 名刺+RFID(ICタグ)= 個人人脈サーバ
ICタグの埋め込まれた名刺を会社の専用名刺入れに入れると、リーダーが読み取って、個人の人脈データベースを構築する。その前後で交わしたメール内容も一緒に保存されるので、何の案件や関心を持った人なのか、記録も残る。この人脈データベースを使えば、必要なときにTo:「それを必要としている人」メールができる。
また、現実には小さな世界に投資を始めた人もいる。人材紹介会社に応用している事例だ。名門のベンチャーキャピタルが動いたのは興味深い。
・信頼を紹介する会社、米LinkedInに米Sequoia Capitalが470万ドル投資
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2003/11/13/1114.html
その他、小さな世界は、SARS対策や文書からキーワードを抽出する技術、Webからトレンドを発見する技術にも応用されつつある。非常にトレンディなテーマだ。他にどんなアイデアがおもいつくだろうか。
・「狭い世界」現象をSARS対策に応用する研究者たち
http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20030603305.html
・Small World 構造に基づく文書からのキーワード抽出
http://www.miv.t.u-tokyo.ac.jp/papers/matsuoIPSJ02.pdf
・Webの“トレンド”を発見する新手法をコーネル大学教授が提案
http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2003/0219/trend.htm
・過去関連記事:つながりの科学
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000406.html
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